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救命救急センターは社会の縮図⑦ 【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第1章 こちら救命救急センター

救命救急センターは社会の縮図⑦

ホームレスには青森県出身者が多いという。また、全国一の出稼ぎ県は青森県である。近年は長引く不況によって求人数に比例して出稼ぎ者数が減少しているが、遠く高度成長時代に遡ってみれば、青森から東京に出稼ぎに行った人の数はいまの何倍も多く、道路や橋やビル建設の貴重な労働力だった。来る日も来る日も働いてせっせと家族に送金をした。盆と正月、家族のもとに帰りたくても、汽車賃は一カ月の生活費と同じぐらいなので、じっと我慢をする出稼ぎ者も多かった。

東京が欧米の都市にひけをとらないような国際都市を目指す一方で、用がなくなれば職を失う出稼ぎの人も多くいた。その歪みはバブル景気のころから顕著になり、八〇年代後半からホームレスが目立って増え始めたのである。東京の街という街の路上、駅の地下にホームレスが寝泊まりするようになった。ホームレスの急増は社会問題になり、東京都は手段を講じて、彼らのねぐらになっていた新宿駅構内からホームレスを一掃した。一方では、救済の手を差し伸べる地方団体もあり、しかるべき施設で生活を始めた人もいるが、住むところがなく公園や川べりでテント暮らしをする人の数は少なくない。そして、病気にかかっていても知らずに放置し、動けなくなったときには手遅れということも多いのである。

話を元に戻そう。

明秀は同県人としてホームレスの患者をなんとかしたいと思い、彼が生まれ育ったという下北半島にある町役場に連絡した。

「患者さんが青森に帰りたいと言っています。糖尿病がひどくて壊疸になっていたため足を切断しましたが、治療はあと二、三カ月かかりそうなので、そちらの病院に入院させたいのです」

先方は引き受けてくれ、入院先も決った。しかし、ホームレスは足を切断していて歩行が困難なため、地元の社会福祉課に相談した。

「患者さんを青森の病院に移したいのですが、どうすればいいでしょうか」

「青森までのタクシー代を出しましょう」

話は早かった。というのも、シビアな話なのだが、一人の生活保護者にこれからもかかる金額を考えれば、交通費の九万円はいたしかたない出費ということなのだろう。こうして、ホームレスの患者は青森の病院に入院し、糖尿病の治療を受けて無事に退院したという。極めてまれなケースといっていいだろう。

「とても素直な患者さんでした。あのままの状態で退院していたらまた橋の下の生活に戻ってしまって、今度こそ助からないかもしれませんからね」

それから二年後のことである。ひとりの老紳士が救命救急センターを訪ねてきた。

「私はここで足を切断して青森までタクシーに乗せてもらつた者の兄です。長い間、音信不通だった弟と故郷の青森で偶然に再会することができました。青森にはすでに身内といえる者はいませんが、いま弟は施設に入って元気にしています。こちらでたいへんお世話になったと弟から聞いています。本当にありがとうございました」

医師と患者との出会いが、もうひとつのドラマチックな出会いを生んだ。明秀は心底うれしいと思った。

「あの患者さんにとつて生活保護を受けて施設に入ることがよかったのかどうかは別にして、少なくても故郷に帰って健康になって、そしてお兄さんとも再会することができました。お兄さんもずっと音信不通だった弟と何十年ぶりで会えたんですから、よかったなと思います」

救命救急センターには何人かのホームレスが運ばれてきたが、いずれも処置したあとはそのまま帰ってまた元の生活を続けるケースが多い。また、明秀の言うことを素直に聞くようなホームレスは少なく、この青森出身の男性などは珍しいケースで、しかも明秀は同県人ということも手伝って、つい熱心に面倒をみたのである。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/07/07