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植物状態から甦って「コンセンセイ コンニチハ」⑦【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第2章 救命、そして再生への道

植物状態から甦って「コンセンセイ コンニチハ」⑦

卓くんの二人部屋の窓からは田植えが終わったばかりの田んぼが見える。

「目の前に田んぼが広がっていて、いい眺めですね」

〈タンボヲ ギャクニイウト ボンタ オナジヘヤノヒトハ ホンダサン ダクテンガチガイマス〉

あまりにもおかしいので大笑いしてしまった。こんな調子で会話がはずみ、ジョークがポンポンと飛び出す。しかし、笑っていた卓くんの表情が少しだけ曇り、い」ちらを見てからキーボードを打つ。

〈ボクノショウカイロ コワレテイル ハニツイタアカモ シコウトイイマスヨネ〉
そして、さらに続けた。

〈ツギニナニヲスレバイイノカ ゙ジブンデ ハアクデキナイ キオクスルチカラガナイノデス〉

一気にキーボードを打ってから卓くんはうつむいた。人が話すことも理解できるし、反応が
早いので、私との会話も成立するし、センス・オブ・ユーモアも十分である。植物状態から奇跡的に意識回復した卓くんは過去のことを思い出すことはできるので、どうしても事故後の現在の自分について納得がいかないのだ。なぜこうなったのか、あるいは先ほど見たこと、聞いたことが覚えられない歯がゆさがある。

「支えがなくても歩ける足がほしい」と言った卓くんだったが、この日は「生きたいとも死にたいとも、思わないときはどうしますか」という疑間をこちらにぶつけてきた。それは時間の経過とともに事象についても深く考えるようになったのだと私は思った。

「可能性が1%でもあるかぎり、命を助けたい」

明秀の言葉である。人の命は尊く、生きているかぎり望みをつなぐこともできる。まさに、卓くんがそうである。意識のよみがえりは父を喜ばせたが、一方で意識回復したことによって生まれたさまざまな矛盾と卓くんは闘っているのである。

卓くんのベッドサイドの壁に、毎日の訓練メニュー表が貼られている。その中に“足をのばしましよう”とある。私がそのとおりに読むと、卓くんは自分で運動靴をゆっくりと脱いで両足を胸まで引き上げ右手で抱えてみせた。驚いた。三月に会ったときには曲がらなかった右足が曲げられるようになっていた。そして、何よりも驚いたのは両手の親指だけでなく、ほかの指も動くようになっていた。私が思わず「握手しましょう!」と右手を差し出すと、卓くんは力強く握り返してきたのである。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/10/12