八戸市立市民病院救命救急センター②【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第3章 救急こそ医療の原点
八戸市立市民病院救命救急センター②
50歳になったときに人1倍の気力と体力は持続できても、夜になると判断がにぶって、あるいは部下にまかせることになるかもしれない。また、看護師はそうした弱さを医師に感じたら遠慮することもある。明秀は年齢を重ねるごとに、「自分はまだまだいけるんだぞ」と看護師に思わせるような演出が必要だと言う。
「つらそうなところを見せてはいけない、いつも笑顔で引き受け、この人にまかせておけば大丈夫と勘違いさせておけばいいのです。私のような自治医大出身者というのは、恵まれた環境の中ですくすく伸びたというよりも、自分で積み上げていき、自分を見てくれ!とアピールする図太さがあります」
と言って明秀は笑った。
次世代の研修医、レジデント(後期研修医)を育て、のちの救急医療体制を充実させることが大きな目標としてあった。川口にいるころ、八戸市長から電話がかかってきた。
「これからは八戸だ。ぜひ、八戸市立市民病院に来なさい」明秀は志を新たにして、家族とともに八戸にやってきたのである。
私は医事課で借りた白衣を着て、救命救急センターを案内してもらうことになり、まず1階の初療室で看護師長と挨拶を交わしてから、非常階段を使って3階の救命救急センターの集中治療室へ。ここは広々としていて、ベッドは30床。明秀は中央のベッドに近づき、「こんにち
は」と老女に声をかけてから、2人の看護師にこの日の体調や食事の摂取状態などを聞く。老女は2週間前に交通事故に遭い、大腿骨骨折など重傷を負った。認知症状があるので問いかけには応えられない。ここに搬送されて2日後に関東地方にいる息子が1度訪ねてきて以来、音沙汰なしだった。
明秀は老女の手を握って「プリンを食べたんだってね。おいしかったですか?」と顔をのぞきこむ。老女はうつろな目で明秀を見て、少しだけ笑ったように見えた。
「このおばあさんの家族は遠くに住んでいるため、そう簡単にはお見舞いに来られないのでしょうけど、やはりこういうケースがいちばんつらいですね。毎日ではなくても、誰かがお見舞いに着てくれると、こちらとしても励みになりますからね」
集中治療室を1回りしてから、廊下に出ると左側に病室が続く。これは一時的な経過観察入院の患者のために確保しているものである。
救命救急センターの医師は明秀を入れて7人、専門は脳外科、循環器内科、心臓外科、神経内科、腹部外科、整形外科である。彼らのおもな職場はそれぞれの診療科で、救命救急センターとの関わりは、センターの集中治療室で力を発揮するだけで、初療室から連続して診るということはない。
たとえば、センターの脳外科医は脳を診るが、腹痛は診ない。明秀がいた川日の救命救急センターの場合は、開設当初から日本医大の救命救急専門医が引っ越してきて、いきなり救急医療を展開したため、専門医との間に摩擦を生じたという。
吐血の患者が来たときに、それまでは消化器内科医が診ていたケースだが、真っ先に救急専門医が初療したことによる摩擦である。しかし、消化器内科だと内視鏡の止血術に至るまでに5時間もかかっていたので、リスクを考えれば救急のほうが早いし、夜中でも診てくれるということが理解されて摩擦がなくなった。救急で止血を行い、落ち着いてきた時点で消化器内科にバトンタッチする方法が川口ではとられたのである。
川口のような都市部の救命救急センターでは、脳外科の救急医であっても腹痛や喘息を診るし、整形外科医でも心筋梗塞などの初期治療はするのだが、ここでは、自分の専門だけを診てそれから外れるところは各科の専門家に相談するという古いスタイルを踏襲している。しかし、それでは時間がかかってしまうのだ。待てる患者の場合はいいが、待てない患者がいるときは問題である。
「いまのスタイルを変えるのはなかなかむずかしいですが、新しい人を新しいスタイルで教育していくことはできると思います。ここ八戸の特徴として、診療に携わっている一般診療科は実力あるベテランぞろいで、誇りをもって診療に当たってくれるのでまかせられます。ですから、救急科としては各課の専門領域にいく必要はなく、そこまではいかない微妙な患者を受け入れるわけです。何科かはっきりさせ、初期治療して安定させて、専門医にバトンタッチするという働きがここでは求められているのです。川口では、治療、手術、さらに一般病棟に移してからも診察、リハビリ、しかも外来までという自己完結型治療です。それには多くのマンパワーが必要となってきますからね。ここでは、各診療科に不得意な部分があるとすれば、それは私が指導して、彼らの技術を上げていくことが必要なのです」
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
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