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救命救急センターは社会の縮図④ 【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第1章 こちら救命救急センター

救命救急センターは社会の縮図④

もう一つ、暴力団がらみのエピソードがある。

ある夜、暴力団の組員同士の喧嘩で、兄貴分が弟分の胸を刺すという事件が起きた。救命救急センターに運ばれてきた患者が胸に負った傷回は大きく、血がビュービュー吹き出している状態で、その傷口を上血しようと手で押さえていた救急隊員の全身が血に染まり、処置室もみるみるうちに血の海となった。

明秀と土佐医師とで救急処置をして手術室へ移動。病院のまわりには黒塗りの外車が何台も止まっている。暴力団の傷害事件ということで、手術は警察官が警備する厳戒体制のもとで行われた。しかし、患者は大量の輸血をしても追いつかないほどの出血多量で死亡。血液センターの血がなくなるぐらいの出血だった。待機していた暴力団組員たちは仲間が死亡したと聞かされて、

「なんでえ、だらしのねえやつだ。一発刺されたぐらいで死ぬんじゃねえ」などと言い合いながら帰っていった。物々しい空気に包まれていた深夜の院内に静けさが戻り、スタッフたちはほっと肩をなでお
ろすのだった。

それから一週間後、今度は小指を噛みきったという暴力団組員がちぎれた指を大事そうに持ち、警察官に付き添われて救命救急センターにやつてきた。明秀が警察官に事情を聞くと、留置されていたその組員は警察官の前で小指を噛みきったという。さらに聞けば、組員は最初にわざと小指を噛んで出血したので、警察官が近くの病院に連れていった。そこで麻酔をして何針か縫って処置されるのだが、なんと組員はその治療したばかりの小指を噛みきって本格的な指つめに成功したという。麻酔が効いているため痛みは感じなかった。
明秀はその組員の小指の処置をしてから、警察官に尋ねた。

「ところで、この人は何をしたんですか?」

「殺人ですよ。今先生も知っているでしょう。ほら、先週、組員が胸を刺されてここに運ばれてきたでしょう。手術したけれど、出血多量で死亡した組員。この男がやったんですよ」

「えー!びっくりだなあ。ずいぶんと救急の仕事をしているけれど、殺された人間とそれを殺した人間の手術をしたのなんて初めてですよ」

同じ組員を殺したということで、出所すれば組の厳しい懲罰が待っている。それが怖くて痛くない方法を考えついて自分で指をつめたのだ。事実は小説より奇なりとはこのことである。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/06/27