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救命救急センターは社会の縮図⑤ 【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第1章 こちら救命救急センター

救命救急センターは社会の縮図⑤

これらの話とは関わりはないのだが、私はふと二十年ほど前に骨折で入院したときのことを思い出した。病室には六人の患者がいて、隣のベッドは椎間板ヘルニアを患っていた茶髪の高校生で、病室内で喫煙、飲酒をするなど病院の規則を守らない自由奔放な少女だった。彼氏が遊びに来て消灯時間になってもなかなか帰らず、看護師が見回りに来るとベッドの下に潜り込み、ようやく、帰るのは十時も過ぎてから。何年も入院している国の達者な老女が少女の態度を注意すると、「うるさいよ」である。ほかの患者たちは見てみぬふりを決め込んでいたようだが、新参者の私は入院第一日目からこの少女が格別こわいとも感じなかった。それより突然の骨折で足が痛かったことと、自分の仕事は誰が引き継ぐのかなど心配事が山積みだったのだ。逆に少女は「あんた、昨夜、痛い痛いって寝言いってたよ。大丈夫かい?」と心配してくれたり、車椅子を押してくれたり、朝の洗顔のときにも手伝ってくれた。「煙草を吸うのなら、喫煙室で吸ったら?」と私がいうと「はいはい、わかりました」などといたって素直な少女だったのである。私は同室の人に「あの子とは親しくならないほうがいいよ。あとが怖いから」と忠告されたこともあったが、聞き流していた。

私が入院して十日後、少女に強制退院命令が下った。「え、なぜ?」という感じだった。ちょうど同室の患者に対する少女の態度が少しずつ柔らかくなり、普通の会話も交わすようになってきていただけに強制退院とは厳しいと思った。少女が母親に付き添われて退院するという日、「あんたが退院したら、連絡してもいい?」と聞いてきたので、私は「待っているね」と答え、互いの連絡先を教えあった。しかし、退院しても少女からの連絡はなかったし、彼女から渡されたメモの電話番号に電話してもいつも留守だった。どこかで元気にしてくれていればいいと願った。遠い日の入院生活の思い出である。

自殺者数は年々増加する一方である。二〇〇五年六月に発表された警察統計資料によると、二〇〇四年の自殺者は三万三三二五人で、前年の三万四四二七人から二〇〇〇人以上も減少したとはいえ、七年連続三万人を超えたことになった。職業別では、全体の半数以上が無職、年齢別では全体の約四〇%が五十歳以上で、男性の自殺者が全体の約七〇%を占めている。白殺の直接の原因としては、健康問題や経済・生活問題、人間関係のトラブルなどが挙げられるが、最近の自殺者の急増はやはり社会経済的な要因が非常に強いという傾向にあり、完全失業率の上昇が自殺者数の上昇に比例している。また、自殺を引き起こす要因のひとつにうつ病がある。うつ病とは簡単にいえば、生きる意欲がなくなってしまう病気で、睡眠障害や食欲不振、集中力がなくなり、人に会うのが億劫になり、興味を持っていたことにさえ目を向けなくなる、などの症状が表れてきて、死へと向かう気持ちが強くなっていく。うつ病の原因は失業・受験の失敗、失恋などの挫折、過重労働によるストレスなどさまざまだ。また、最近は集団自殺、特にネット自殺というのが頻発している。そして、日本は欧米先進国と比較すると世界一の自殺率になっている。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/06/30