救命救急センターは社会の縮図③ 【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第1章 こちら救命救急センター
救命救急センターは社会の縮図③
その筋の乱暴者が搬送されてくると、医師も看護師もつい身構える。入院となると、同室の患者たちは戦々恐々で、当たらずさわらずの態度を決め込むしかない。
ある日、暴力団組員が駐車中の白い車を盗んで走らせた。東京の荒川大橋を越えたところで、後部座席で寝ていた男性が異変に気づき、車内で取っ組み合いとなった。実はその男性、車の持ち主で、いっしょにゴルフに行く友人を迎えにいったが、早く着きすぎてしまい後部座席で寝ていたのだ。
持ち主はなんとか車を止めさせようとし、二人は前と後ろで激しく争っているうちに、車は荒川大橋の欄干に衝突したのである。車の持ち主は軽傷ですみ、暴力団組員は足の骨折で入院した。ところが、この患者は医師や看護師の言うことなどまったく聞かず、同室の人にも迷惑をかけた。車椅子で病院を自由に歩き回って所かまわず煙草を吸い、売店の係員に因縁をつけた揚げ句にガラス戸を蹴って割るな
どの傍若無人ぶりだった。乱暴な患者の骨折した足の回復は徐々に進み、リハビリテーションという段になって、センターでは彼の入院態度が悪いこともあり、ほかの患者にも迷惑がかかるというので「ハビリは自宅近くの病院でするように」と勧めた。本人はしぶしぶ了解した。ところが、この患者の親分というのが病院に乗り込んできて、
「おい、なんでうちの舎弟を退院させるのだ?まだギブスもとれていないし、車椅子だし、これで生活ができると思っているのか。追いだすつもりか」
「追いだすわけではないのです。足はよくなってきていますから」
整形外科医が対応するが、相手を成嚇するような親分の態度にひるな、明秀に助けを求めてきた。明秀も少しこわいと思ったが、ここは親分と渡り合うチャンスとばかりに、
「患者さんに言いましたとおり、あとはリハビリです」
「リハビリ?やっぱり、追いだす魂胆じゃないか。おい、うちの舎弟の足はどのくらい治っているのか、ちゃんと説明しろ」
「骨折しているほうの足で売店のガラス戸を蹴って割りました。そのくらい骨はくっついていますので安心してください」
「え?」
血相を変える親分に明秀は落ち着き払って、
「ところで売店の壊れたガラスはどうやって弁償してもらえるのでしょうか。それともこちらは泣き寝入りですか?」
「うう、こいつに払わせる」そう言うなり親分は舎弟に向かって、
「おい、おまえはなんでガラス戸を蹴ったんだ。この先生の言うとおりに蹴ったのか?」
「い、いえ、そんなことありません」
おろおろするばかりの舎弟。勢いこんで病院にやってきたはずの親分は目の前の医師に威風堂々と切り替えされたので、怒りの矛先は舎弟に向かい、その頭を撲ったり、足を蹴ったりしてから連れ帰った。帰り際、親分は医師たちにあやまったが、明秀はきっぱりこう言った。
「患者さんにあやまってもらいたいですね」
それから一週間後のことである。病院のコインロッカーから拳銃が見つかったが、入院していた舎弟と関係があったかどうかはわかっていない。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
早く続きを読みたい、書籍で読みたいという方は
http://www.cbr-pub.com/book/003.htmlや
Amazonから購入できます。