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2トントラックに4WD車が突っ込んだ「お父さんを助けろ ! 」⑤【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第2章 救命、そして再生への道

2トントラックに4WD車が突っ込んだ「お父さんを助けろ ! 」⑤

二〇〇五年五月下旬、私は林昇さんが住む栃木県佐野市に行った。駅の改札を抜けると、林さんと長女の美智子さんの姿があった。林さんの歩行はこちらの想像をはるかに超えるほど軽快な様子、普通乗用車の運転もできるようになっていたので驚いた。

林さん宅では妻の綾子さんも交え、事件当日から社会復帰にいたるまでの話を聞いた。

「一瞬、4WDが分離帯を超えて目の前のフロントガラスに飛び込んでくるのが見えました。まさに映画に登場する派手なカーチェイス・シーンです。あっと思ったら、両足がはさまれて痛くて痛くて、とにかく会社に知らせなければと、フロントの携帯電話をにぎって電話をかけたんですね。すぐに救急隊がやってきて、自分の名前と住所を言うことはできたのですが、そのあとのことは何も覚えていません」

自宅にいた妻の綾子さんは、夫の会社からの電話で交通事故と聞いて驚いたが、肩の骨折としか伝えられていなかったので、「骨折ぐらいなら」という軽い気持ちで病院へ向かった。途中、道に迷ったり、渋滞に巻き込まれたりして、川回の救命救急センターに着いたのは昼近くになってしまった。夫が緊急手術中とあり、ただごとではない様子に綾子さんは動揺した。

「手術室から出てきた今先生が険しい表情で経過説明をされました。心臓に三カ所ぐらい穴があいていたので手術して、足の状態もよくないので切断する可能性もあり、救命の確率は二〇%と言われて、本当に動転しました。看護師さんは身内の人を呼んでくださいとも言うので、急いでほぼ全員に連絡して来てもらったんです」

林さんは出血が激しく、輸血は二〇〇ミリリットルが三〇本以上、血漿輸血も三〇本以上である。さらに輸血するとなると、感染症や合併症を引き起こして危険な状態になるかもしれない。結局、止血がうまくいつて輸血はしなくてすんだのだが、すべての手術が終わってICUに移されても予断を許さない状態だった。

長女の美智子さんは看護師の案内でICUへ行った。入り口にいちばん近いところに林さんのベッドがあった。

「人工呼吸器やチューブをたくさん付けられた父は顔面蒼自でした。初めて見る光景に私の頭の中は真っ白になりました。そのとき、看護師さんがお父さんに触ってもいいですよと言ってくれました。手術の説明からも、もしかしたら父とはこれが最後になるかもしれない、父の手を触っておこうと思いました。冷たい手でした」

数日後、林さんの麻酔が徐々に切れてきて意識が戻り始めた。綾子さんと次女の寛子さんが大きな声で林さんに話しかけた。

「母は、寝たきりの人には話しかけてあげるといいというのをテレビで見て、そのとおりのことを実行していたのです。それも父の生きる力になったのではないかと思います」と美智子さん。

ICUから一般病棟に移動しても林さんの意識は朦朧としており、立息味不明の言葉を発していた。ようやく覚醒したときに林さんは事故に遭ったことを思い出した。しかも、林さんは手術をした身体のどこにも痛みを感じずに意識を取り戻したのである。

「私の知人でも骨折したところが痛いとか、手術の傷跡が痛むとか話を聞きますが、不思議なことに、どこにも痛みを感じなかったのです。痛かったのは、リハビリのときだけでしたよ。退院してからもどこも痛くなったりしませんでした」

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/11/30