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2トントラックに4WD車が突っ込んだ「お父さんを助けろ ! 」⑥【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第2章 救命、そして再生への道

2トントラックに4WD車が突っ込んだ「お父さんを助けろ ! 」⑥

事故から一カ月半ほど経ったある日、美智子さんは母とともにリハビリの見学をしようということで川国市立医療センター一階のリハビリ室へ行った。林さんは理学療法士について足を伸ばしたり、曲げたりのリハビリに専念していた。美智子さんは「もう、そろそろ終わるのかなあ」と思いながら、ふと父のほうを見ると、歩行器につかまりながら自分の足で立っている姿があった。一度、生死をさまよい、右足の切断の可能性を宣告され、事故以来、寝たきりだった父が初めて自分の足で立っているのを見たときの驚きと感動はいまも美智子さんの脳裏に焼き付いている。さらに、林さんは館林市慶友整形外科病院で約三カ月の入院をしてリハビリ専門の治療を受けた。車椅子、歩行器、杖、そして手すりの伝い歩きと、少しずつでも歩けるようになっていく過程も美智子さんには感動的だった。

面白いエピソードがある。三度目の足の手術の際、「局部麻酔で手術する」と言われたが、林さんはこわくなり、「全身麻酔にしてくれ」と頼み込んだという。事故で両足を挟まれたときの激痛以外、痛みを知らずにいたので、局部麻酔だと「痛いのでは?」と不安になったのだそうだ。

退院後、しばらくして林さんは会社に復帰した。ただ、足の骨折の後遺症(右膝を曲げられない)があり、トラックの運転は無理だったので、デスクワークになった。しかし、入院中から早く車の運転をしたいという希望があり、会社の行き帰りは乗用車を運転している。

そんな夫について綾子さんは、
「こんなに元気になるなんて、奇跡ですね。小関センター長にも奇跡ですと言われました。それとね、退院してからのほうが、身体が丈夫になって風邪をひかなくなったんですよ」と言ってから「今先生に頑固な性格も直してもらえばよかったわね」と笑った。

「父の悲惨な事故を通して、人間の生命力の偉大さ、神秘さに触れることができたことは貴重な体験でした。また、今先生のような尊敬できる医師との出会いにも感謝しています」

長女の美智子さんは父が輸血したのをきっかけに初めて献血に行った先の看護師に「なぜ、献血をしようと思ったのですか?」と聞かれ、「父は七二人分の血液を輸血しました。そんな患者さんのためにも献血しようと思うようになりました」と答えた。

生死の境をさまよった林さんの奇跡的な救命はすべてがいい方向に進んでいった。今明秀は言う。

「林さんの場合は、事故に遭った場所からすぐそばに警察署と消防署があり、救急隊がやってくるのが早かったこと。車外への救出に十五分というぎりぎりの時間がかかっていますが、川国の救命救急センターまで十分で到着したこと。そして、六時間以内ですべての手術を終了させたこと。さらに、三度目の手術では輸血をしなくてもいい状態までこれたこと。感染症や合併症が起きたら、救命はむずかしかったでしょう」

取材が終わったあと、林さん父娘に佐野厄除大師をはじめいろいろと市内を案内してもらった。ハンドルをにぎる林さんは「対向車とすれちがうと、あの事故の瞬間を思い出してこわくなるときもありますよ。でも、車がないと不便ですし、運転が好きなんですよ」と言った。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/12/04