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大高病院 
大高 祐一

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大高病院
大高 祐一
卒後
0年

東邦大学医学部

準硬式野球部に所属しました。素晴らしい仲間と過ごした楽しい学生生活でした。

卒後
1年

東邦大学大森病院 精神科

精神科専門医を目指し多くのことを教えていただきました。そのなかで、自分が関わった患者さんに生じることは、たとえ専門外のことであっても、救急初期診療や専門医へ状態を申し送ることができるようになりたいと感じるようになりました。

卒後
3年

東京医科大学病院 救急医学

研修医時代の経験から、様々な病態を幅広く経験をしようと考え転科しました。重症感を見抜く力と幅広い対応力を身に着けたいと考え救命救急センターを選びました。何のつながりもなく飛び込んだ医局でしたが、良き上司に恵まれ、その後の人生を方向づける大きな転機となりました。

卒後
6年

東京医科大学病院 形成外科

限られた研修期間で、外傷や熱傷に対して自分ひとりでできる技術を身に着けたいと考えて出向しました。日本最大の歓楽街の直近のこともあり、顔面外傷や手指の断端形成、切創や刺創を数多く経験させてもらえました。教えていただいたことは、今でもとても役立っています。日本救急医学会専門医を取得しました。

卒後
7年

東京都立墨東病院 精神科

東京都では3か所しかない、緊急措置入院(精神科の3次救急)を行っている施設です。救急のサブスペシャリティーとして精神科ができる医師が必要だろうという信念を持つようになりました。患者さんの人生への関わり方や物の見方の広がりを身につけさせていただきました。精神保健指定医と日本精神神経学会専門医を取得しました。

卒後
8年

東京医科大学病院 救急医学

救急医として日々の業務をこなす中で、高齢者の看取りや、精神疾患など複数科目の対応が必要なことで搬送困難になりやすい症例が存在すること、軽症の救急医療でも専門医や大病院に対応を求める風潮に大きな課題を感じました。このまま救命センターで働き続けることで一定の役割を果たしていくべきか、自分が感じた救急医療の問題点や課題の解決に挑んでみるかを考えるようになりました。

卒後
14年

開業準備

①地域住民に対するアージェントケア、
②搬送困難になりやすい症例を積極的に受けいれる2次救急、
③救命センターのバックベッドの役割を果たす
ことで救急医療全体の流れを良くすることができるのではと考えました。全くのゼロからの計画でしたが、開業準備を始めました。

卒後
16年

大高病院開業

開業しました。ただ、救急に特化するあまり、専門治療や慢性期の状態になると他院へ紹介せざるを得ず、長期フォローができないことで、当院を選んでいただいた患者さんに申し訳ないという問題もでてきました。

卒後
19年

現在

今後は開業後に感じた問題点を解決すべく、リハビリ部門や地域包括ケア病棟、在宅部門を立ち上げ、救急医療後のフォローに診療の幅を拡げます。また、自分も含めいずれ働き方に制約がでてきます。救急医の能力は、専門各科のお手伝いや全科当直だけでは生かしきれません。当院では救急医であることを保ちながら長く働ける仕組みをつくっていきます。

未来へ

先生の「キャリアプラン」をお寄せください

先生がどういった経緯を経て救急医という職業を選ばれたのかを
熱いメッセージとともに寄せていただければと思います。
こちらの「キャリアプラン」アンケートフォームよりご投稿ください。

さらに、男女問わず結婚や出産、育児という家庭人としての経験と仕事を
どのようにバランスよくこなしてきたのかなどの体験談も併記いただける方は
こちらの「キャリアプラン+ライフイベント」アンケートフォームよりご投稿ください。

また、内容の修正などをご希望の方はこちらのお問い合わせフォームよりご連絡ください。

先生方の熱き想い、お待ちしております!

キャリアプラン   2016/07/11