救命救急センターは社会の縮図⑧ 【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第1章 こちら救命救急センター
救命救急センターは社会の縮図⑧
現在、世界のほとんどの国では「脳死は人の死」とされ、脳死下での心臓、肝臓、肺臓、腎臓などの移植が日常の医療として確立されている。しかし、日本では、臓器移植法に基づき、臓器を提供する意思がある場合にかぎって「脳死は人の死」としている。
脳死には、大脳と小脳さらに脳幹(呼吸・循環機能の調整や意識の伝達など生きていくために必要な動きをつかさどる)がすべて障害を受けて機能しなくなる「全脳死」、脳幹が機能を失う「脳幹死」がある。アメリカなどは前者、イギリスなどは後者を脳死と認めている。日本では医学的な脳死の判定は「全脳死」ということになっているが、あくまでも社会的には公認されていない。
その脳死の判定は、法令に定められた五項目によって脳死判定が行われている。その五項目とは、1 痛み刺激にも反応しない深い昏睡、2 瞳孔が直径四ミリ以上で固定していて光に反応がない、3 すべての脳幹反射の消失、4 平坦な脳波、5 脳幹の機能を反映する自発呼吸の停止。この五項目を六時間おいて三回判定する、というものだ。そして脳死の人は、だいたい長くても五日以内に死亡することが多い。
年間の脳死患者の発生数は、三〇〇〇〜四〇〇〇と推定され、厚生労働省調査によるデータでは年間一六九五例と報告されている。脳死者の発生場所のほとんど(八〇%)が救命救急センターである。救命救急センターでは年間約一三〇〇例発生しているが、施設数が約一〇〇カ所あるので、ひとつの施設で年間平均一三例、一カ月に平均一例という計算になる。
もし、出産を間近に控えた女性が交通事故に遭って脳死状態となったとき、お腹の子どもはどうなるのだろうか。もちろん、救命救急センターでは一刻も早く分娩させ、赤ん坊の救命にあたる。
脳死出産の成功例は、欧米諸国および日本で合わせて一四例ほどが知られている(二〇〇四年現在)。理論上は自然分娩も可能であり、脳以外の臓器も正常であるから、人工呼吸で酸素さえ与えれば、胎児の生存も可能なのだ。とはいえ、妊婦が脳死状態になってから分娩まで数日以上たっていて、胎児のほうが先に死亡するということもあるから、今明秀が経験した脳死女性の出産は非常に珍しいものだったといえる。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
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