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生き埋めだ、それ行け、ドクターカー! ③【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第2章 救命、そして再生への道

生き埋めだ、それ行け、ドクターカー! ③

止血術終了後に顔面のCT検査を行った。右眼球破裂を認めたので、明秀が眼科の医師と相談したところ、そのまま眼球を残しておくと膿が目の奥にある脳神経まで流れて脳炎、髄膜炎になるというので、即座に眼球摘出手術が行われた。感染症予防と骨折の接着、貧血の改善には栄養が欠かせない。しかし、長期にわたって日から食べ物を摂ることができなくなるため、栄養目的の胃痩チューブ留置を行った。踏の十センチ上の腹壁から胃袋に直接ストローくらいの大さのチューブを入れる簡単な手術である。これにより確実な栄養補給が可能となる。外傷の集中治療において、栄養管理は免疫力を強めて、回復を促すために重要である。

手術を終了し、田尻さんの家族と同僚が見守る廊下を通過して集中治療室に帰ってきたのは、午後十時を回っていた。
二日後、田尻さんは集中治療室から一般病棟へ移った。麻酔から覚めた田尻さんからの聴取によると、生き埋めになった約一分後に硬い石が顎に当たって顎が砕け、呼吸が苦しくなってまもなく意識がなくなった。意識が回復したのは救急車内だったという。田尻さんの顎を砕いたのが岩石なのか、あるいはパヮーショベルの爪によるものかは知るよしもないが、胸部圧迫による外傷性窒息、顔面外傷による気道閉塞、意識障害が地中で起きたことは事実であった。

立春がすぎ、寒さは緩んでいた。田尻さんは二回の顔面の形成手術を終えて回復に向かっていった。病院内を気管切開のまま散歩し、妻と三歳の子どもとは筆談で会話を交わした。

生き埋めの時間から脳に障害が起こるかどうか心配されたが、窒息による後遺症はなく、顎間固定の除去後に、気管切開した部位を閉鎖する予定だった。

〈冷静な救急隊の現場評価と初期評価、蘇生術そして病院内の形成外科、眼科、手術室との連携が救命救急チームを勝利に導いた。エキサイティングでドラマチックな体験であった。一生忘れることはできないだろう。春の日差しが患者の病室に差すころ、元気に退院してくれるはずだ。偶然だが、患者の名前は”春日”であった〉

明秀の二月十五日付の日誌の最後にはそのように記されている。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/08/31