名古屋大学医学部附属病院 救急科 春日井 大介
0年
名古屋大学医学部医学科
学生時代は父が産婦人科であり、産婦人科に行くか、友人の病気があり血液内科などを将来の診療科として漠然と考えていました。医学部6年生の時にアメリカのニューオリンズにあるTulane大学に3ヶ月ほど留学する機会があり、地元を離れてトレーニングを積むのも面白いかもしれないと考えるようになり、研修病院を選びました。
1年
日本赤十字社医療センター 初期研修医(救急コース)【東京都】
極めて倍率が高かったので、戦略的にマッチングする可能性が高い志望として救急を選択して運良く採用されました。この頃から本格的に勉強するようになりました。ICU管理を少し任せてもらう機会などがあり、短期的に自分の介入で患者が良くできた経験がとてもうれしく、救急・集中治療医になろうと決めました。自転車で表参道・代官山・六本木などに行くことができてとても楽しい2年間でした。
3年
名古屋大学医学部附属病院救急科 【愛知県】
母校で集中治療を学びたいという気持ちが強くなり、帰局することにしました。バイト先は全国でもトップランキングに載る3次症例数のERで忙しく、大学では全国有数の関連病院数を誇る関係で内科系の重症患者の転院が多く、多忙ながら学びの多い経験が積めました。
4年
藤田医科大学災害・外傷外科 【愛知県】
外傷のスキルを身につけるため、1年間出向することになりました。ドクターカーでの診療や重症外傷のIVR,手術などを主治医として経験させていただきました。経験をカタチに残そうという気持ちで、いくつか論文にチャレンジしました。
5年
名古屋大学医学部附属病院救急科 【愛知県】
やはり集中治療を極めたいという思いから、名古屋大学に戻ることにしました。ICUではリーダー医師を任されるようになり、専攻医1年目の時とはまた違った観点でのトレーニングになりました。専門医を取ることと、学位をとることを短期的な目標に頑張ることにしました。定期的に海外学会にも参加してみたいという思いで、研究も少し力を入れて取り組んでみることになりました。
6年
救急科専門医 取得
COVID-19の流行で診療に大きな影響を受けましたが、個人的にはある意味とても大きなチャンスでした。学生時代にお世話になった先生から、「挑戦可能なことは全て取り組んでみるべき」と後押しいただき、研究費をいただいて多施設共同研究を進めることができるようになりました。診療との両立は立ち上げ時にはとても苦労しましたが、慣れとともになんとか走り切ることができました。
7年
集中治療科専門医 取得
10年
これからのプラン
救急医の魅力は、新しく、ワクワクする、社会的に重要な取り組みに無限に挑戦することができることだと思います。一つ登るごとに、診療の見え方、社会の捉え方が少しずつ変わってきているのを実感しています。診療面では、重症患者の診療の質をさらに高めるための取り組みを、研究面では徐々に仲間が増えてきたので自分だけでできることを超えてチームでより大きな山に登れるように充実させていきたいと思っています。トランスレーショナル研究を通じて、患者や家族・社会に還元できるようなプロジェクトに挑戦していきたいです。
今後の診療面での取り組みについて:
交代制勤務が基本である救急・集中治療領域では、如何に時代に沿った形で、チーム全体としての診療成績を高められるかが重要と考えています。日々の管理での経験を蓄積していくことに加えて、初学者向けのプロトコル整備や教育の重要性を実感しており、徐々に自身に求められる役割もシフトしてきているように感じております。最近のエビデンスをキャッチアップするだけではなく、共同研究でお世話になっている他施設とも連携してより良いシステムを作っていったり、日々の診療の振り返りとして定期的に研究の形で自施設の診療の批判的吟味をおこなっていきたいと思います。
先生の「キャリアプラン」をお寄せください
内容のアップデートもお待ちしています!
先生がどういった経緯を経て救急医という職業を選ばれたのかを
熱いメッセージとともに寄せていただければと思います。
こちらの「キャリアプラン」アンケートフォームよりご投稿ください。
さらに、男女問わず結婚や出産、育児という家庭人としての経験と仕事を
どのようにバランスよくこなしてきたのかなどの体験談も併記いただける方は
こちらの「キャリアプラン+ライフイベント」アンケートフォームよりご投稿ください。
また、内容の修正などをご希望の際はこちらのお問い合わせフォームよりご連絡ください。
先生方の熱き想い、お待ちしております!
◁過去の記事: 横浜市立みなと赤十字病院 救命救急センター 鈴木健人
▷新しい記事: 社会医療法人 松藤会 入江病院 入江 聰五郎