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救急現場、密着ドキュメント!④ 【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第1章 こちら救命救急センター

救急現場、密着ドキュメント!④

ここ埼玉県川国市立医療センターは、 一九九四年五月に開設された総病床数五三七床という県南部の基幹病院である。

川国市は県南部、首都一五キロメートル圏内に位置し、荒川を隔てて東京都北区と隣接し、人口約四七万人。そして、川国市といえば、昭和三十年代に吉永小百合の主演映画「キューポラのある街」の舞台としてクローズアップされ、そのタイトルどおり鋳物産業が盛んなキューポラ(溶銑炉)のある町として有名になったが、近年は再開発が進み、都心に通うサラリーマンが居住する住宅街でもあり人口が急増している。

一方、市内の北西部には怪しい雰囲気の派手な繁華街があり、暴力団や外国人労働者が引き起こす強盗事件や殺傷事件が頻発し、また、東北自動車道や首都高速川回線、東京外環自動車道が通っているので大きな交通事故の発生も多い。そのため、救命救急センターに三次救急として搬送されてくる年間の救急患者も二〇〇〇人と非常に多く、重篤・重症患者は約半数、中等症は約三〇%、軽症は約二〇%となっている。さらに、疾患分類と症例数については、多い順に、外傷が全体の約三五%(関東地方では都立墨東病院に次いで多い)、脳血管障害が約一二%、中毒が約一七%、心血管障害が約四%、急性腹症が約三%で、消化管出血、痙攣性疾患、呼吸不全、代謝異常症(肝不全・腎不全など)、熱傷などが続いている。

救命救急センターの副部長、今明秀は自治医科大学出身の救急医である。年間平均五〇〇症例の重症患者を受け持っているが、この数字は、おそらくほかの救命センターでは一生かかっても到達できないほどの症例数だ。どんな患者も断らない、なんでも診て、なんでも果敢に挑戦するというタフな救急医なのである。その救急医から、本書の版元であるCBRの三輪敏社長の元に二枚の画像がメールで送られてきた。

一枚は生き埋めになった男性の破壊され血まみれになった顔面の画像。もう一枚は脳死の女性が出産した新生児の画像である。そして、「興味ありますか?」の一行だけが添えられていた。三輪社長は驚いた。CBR発行「ERマガジン」の編集委員に名を連ねる今明秀とは面識もあり、優秀な救急医であることは聞きおよんでいたが、「いきなり凄まじい画像を送ってくるとは、どうしたことか?」と興味をそそられた三輪社長は、さっそく「取材させてほしい」と連絡をとった。私は三輪社長とともに川口市立医療センター救命救急センターを訪れた。

外来ロビーで待っていると、カルテが山積になったキャスターを押しながらやって来た長身の今明秀は「ようこそ、いらつしゃい」と実にさわやかな笑顔を向けた。私はこの今明秀という一人の救急医を通して日本の救急医療に迫ってみたい、ぜひとも現場取材をさせてもらいたいと思ったのである。それがニカ月前のことだった。

ふと時計を見ると、午前零時を回っていた。このあとも救急患者が搬送されてくるのだろうか? ひところに比べると救命救急センターに搬送されてくる夜間の救急患者数が減ってきていると聞いていた。それは、近隣の救命センターに振り分けられるようになったからである

しかし、今夜はすでに三人の患者が搬送され、うち一人は死亡した。女の子の意識は戻らない。こうして患者が搬送されてくるのを待つというのも妙なものだ。本当は誰だって事故に遭ったり、急病になったりしないで、無事に朝を迎えるべきである。しかし、現実に目を向ければそうはいかず、そのためにこうして二十四時間体制で救急患者を受け入れる献身的な医療の姿を私たちは知っておく必要があると思うのだ。

非常階段を上がって三階の医務室に行くと小野寺医師がいた。

「今先生のような救急医は日本でもちょっといないと思いますよ。川回は症例数が圧倒的に多い分、経験を積むと技術は上がるかもしれないけど、それには個人の生活を犠牲にしなくてはできませんからね」

症例数が多く、スタッフも限られた人数の中でやっていこうとすると、当然のことだが、休日や夜中に呼び起こされたりするなど、 一人にかかる負担は極めて大きくなる。

「日医大の場合は救急医の数が多いので、勤務体制もしっかりしています。ぼくは仕事と休みを割り切っています」

救急医療の話などをしているとあっというまに時間が過ぎて、午前一時。私は今明秀を探しに一階の救命センターにおりると、ちょうど向こう側から歩いてくる姿があったので、

「また患者さんが搬送されてきたのですか?」

「いえ、これから先ほど死亡した患者さんの検死に立ち合いますが、見ますか?」

検死? 少しばかリギョッとするが、「はい」と返事をして明秀に従った。

患者が救急車で搬送されて病院でまもなく死亡した場合は、必ず警察に死亡報告をすることになっていて、その報告を受けた監察官によって検死が行われ、正式に死亡が確認されるのである。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/05/26