生き埋めだ、それ行け、ドクターカー! ⑤【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第2章 救命、そして再生への道
生き埋めだ、それ行け、ドクターカー! ⑤
一方、妻の由美子さんが処置室に入ったのは午後五時半だった。
「そのときは普通に治っていたから、事故当時の写真を見せられるまでそんなにひどいとは思ってなかったですね。最初、事故に遭ったときは寝たきりになってもいいから、命が助かってくれればと思いました。そして、意識が戻ると、食べられればいいと欲が出てきました。そして、おいしいと味わえる味覚があればいいのですが」と由美子さん。
「ここに事故に遭ったときの写真がありますが、田尻さん、見てみますか?」
明秀は例のごとく、さらりという。
「いや、いいです。こわくて見ることができませんよ」と田尻さんは笑いながら返し、「最初のころは、熱が下がらなかったのがつらかつたし、点滴の管にやられてしまう、逃げなくてはと思いました」
「点滴をしないで、胃のほうから栄養をあげると、熱が下がることがあります。手術して治すことも作戦の一つですが、栄養満点にして本人の力で傷を治してもらうのが大事で、そのためには流動食を大るぐらいたっぷりと入れるのも作戦。口がほとんど使えなくなるので、長期戦になるなと思い、胃のほうに管を入れる手術をして、しばらくは胃のほうに栄養をあげていたんですよ」
「意識が戻ったとき、人生あきらめていました。もう終わったなあと、死んでもよかったなと思ったんです。でも、今先生とはたくさん話をしたんですよね。ひょっとしたら、死んでいたかもしれないんだよって、今先生はズバズバ言ってくれました。だから、話すことによって、ずいぶん楽になりました。ああ、もう元には戻らないのはしょうがないと。ただ、自分一人だったら、どんな姿になってもいいんですけど、やはり、子どもを見た瞬間、泣けてきました」
田尻さんの正直な気持ちが伝わってきた。明秀は「うん、うん」とうなずき、話に耳を傾ける。
妻の由美子さんも最初は包帯で覆われた夫に子どもを会わせるのが不安だった。もしかしたら、子どもは父親の顔を見て怖がってしまうのではないかと。
「お父さんは私たちのために仕事をしていてけがをしたのよ」と子どもに伝えると、小さいながらも理解したのか、それからは田尻さんになつくようになったという。
退院したころは外出するのも避けていたが、「自分の外見には慣れました」という田尻さん。やはり不安と葛藤はある。
旅行も一人で行くのであれば気にならないが、家族で行くとなると妻や子どもがつらい思いをしないかと不安になる。子どもを保育園に迎えに行っても周囲の人たちが引いてしまうから、なるべく会わないようにする。サングラスをしていると、柄が悪く見えてしまうのではないか。そのように、日常生活の場面が一変したのである。しかし、田尻さんは言う。
「今先生が早く現場に来てくれて、対応が早かったので助かったんです。今先生と副島先生(東京女子医大形成外科教室より派遣されていた)のことはずっと印象に残っていますよ」
「田尻さんはたった一人で埋められてしまった。これが複数だったら、われわれも助けることはできなかったかもしれませんね」
ここへ生き埋め事故の救出作業をした救急隊の坂上隊長が食堂に姿を現わした。田尻さんとは事故以来の再会である。
「田尻さん、元気になられてよかったですね」
「助けてもらつて、ありがとうございます」
「なんとか救出しなくちゃいけない、それだけでしたよね」
坂上隊長の言葉を受けて、明秀がいう。
「最悪の状態は抜けたのです。障害は残りましたけど、いまの障害がなるべく小さくなるようにがんばってください」
田尻さんの形成手術はまだ終わっていない。さらに治療が進められ、最後に義眼の手術をすることになっている。
「痛いのにはなれましたが、次の手術は大丈夫かなという不安はあります」
「信頼することは大切ですからね。医師におまかせして、ぜひ成功することを信じてください。本人に治ろうという気持ちがあれば大丈夫です」
明秀とは信頼関係にある坂上隊長の力強い声が室内に響く。
「田尻さんの顔は形成手術できれいになったけど、私が手術した気管切開の傷と、栄養をあげるために切開したお腹の傷が残っちゃったなあ」
明秀が屈託なく笑うと、田尻さんもつられて「子どもがお腹の傷を見て、おへそが二つあるといって喜ぶんですよ」とうれしそうに小さな息子の頭をなでた。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
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