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日本の救急医療とER⑤【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

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第3章 救急こそ医療の原点

日本の救急医療とER⑤

クモ膜下出血については「誤診されやすい」と今明秀は言う。CT検査で出血が少ないか、認められないため異常なしと判断されてしまうことがある。クモ膜下出血の約10%近くはCTだけでは診断できない。クモ膜下出血発症後、24時間以内では、CTで約90%が診断できるが、2日後には76%、5日後には5人%に低下する。クモ膜下出血の誤診率は、cTの発達や普及度と関係なく20%〜50%と高いままだ。これはCTではわからないクモ膜下出血が相当数存在するためである。しかし、突然ハンマーで殴られたような激しい頭痛と吐き気があったならCT検査で異常が発見されなくても、腰椎穿刺を試みると血性髄液が確認されて、クモ膜下出血を診断できる。クモ膜下と脊髄腔とは連続性があり、クモ膜下腔の出血は容易に腰椎の脊髄腔に流れてくるという。

「cT検査で異常がなかった。安静にしていれば大丈夫」などと言われれば、患者としては「もっとちゃんと調べてくれ」とは言えなくなってしまうだろう。そこで、別の病院で経緯を話して検査してもらつていれば、あるいは彼女は死なずにすんだのではないだろうか。遺族が遺体の解剖を望まなかったこともあり、いまとなっては謎となってしまった。彼女のように救急患者は自分が軽症なのか、重症なのかを判断して病院に来るわけではなく、ただ痛みや,具合の悪さを医師に訴えるだけなのである。

ERシステムはどんな救急患者も受け入れて初期診療を迅速に行い、専門医にバトンタッチすべきかどうかを的確に判断するというものである。

昼夜に限らずどんな患者も受け入れるということは、それだけ来院患者数も増えてくるため、医師、検査技師、看護師など医療スタッフも相当数なければ対処できない。しかも、患者は救急車で搬送されてくる人もあれば、自力で来る人もいる。自力で来たからといつて軽症とは限らない。また、来院した順番に診療していたのでは、あとから来た患者の中には早期診療を要する人もいるため、自力で来た患者に対しては、緊急を要するかどうかを看護師が判断する場合もある。その看護師をトリアージナースという。ちなみにトリアージ(triage)の語源は、フランス語の動詞 trier(選り抜く、あるいは抜粋する)に由来し、もともとはコーヒー豆やぶどうを選別するときに使われた言葉だ。また、ナポレオンの言葉に「1人を助けるために10人を死なせてはならない」というのがあるが、これは軍医ラレーが負傷した兵士の外傷の重症度を生存の可能性により治療の優先順位をつけたことに始まる。トリアージは、災害などが起きた場合に殺到する患者に重症度の評価をし、優先順位をつけることによって、より多くの人の命を救おうというものである。

日本におけるERシステムはまだ出発点に立った段階だが、早くからER型救急を取り入れている福井県立病院や沖縄県立中部病院、慶應義塾大学病院をはじめ、各地ではERシステムの導入を始めた病院が増えてきていることは確かである。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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公開日:2017年12月21日