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エピローグ①【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

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エピローグ①

2005年5月、私は再び八戸市立市民病院救命救急センターを訪れた。今明秀がセンター長に赴任して1年が経過していた。

青森県の救急医療の進展をめざしてやってきた明秀の八戸における活動は「ゼロからのスタート」、病院内外の救急活動の基礎固めに明け暮れる忙しい1年だった。

明秀は病院内ではまず看護師の教育に心血を注いだ。2004年4月から11月まで「ERナース・カンフアレンス」と称して、急性冠症候群、胸痛、脳卒中、外傷、心肺蘇生、アナフィラキシーなどの救急患者の講義実習を行った。看護師の勤務体制に応じて必ず1回受講できるようにと、同じ内容の講義実習を4回行った。それと並行して、救急室の看護師がBLS(1次救命処置)の指導者になってもらわなければならないのでBLSとAED(自動体外式除細動器)の講習会も実施。さらに次のステップとして、彼女たちを指導者として一般病棟の看護師に向けてBLSとAEDの講習会を開始させた。これは救急室と一般病棟の看護師は別であるという従来の体制を覆すほど画期的なことだった。

「講師から教わったり、テキストを読んだりすることだけでなく、実際に自分たちが誰かに教えるということが勉強になります。1回に6人、終了したときには相当な回数になっています。繰り返し教えるということは自信にもつながっていきますからね」

明秀の言うとおり、救急室の看護師たちが院内の看護師450人全員の指導に当たった。これをきっかけに、自分たちを救急外来の一部だと思っていた看護師たちは俄然、自信と誇りを持つようになったのである。

看護師の勤務体制についても、救急室の看護師のほとんどを固定メンバーにして、2005年からは3交代制を2交代制に変更して、患者の混む時間帯(午後10時までと午前6時から)にはできるだけ多くの看護師が常駐するようにした。確実に看護師たちの士気は高まった。救急外来と放射線科の吉田ひろ子看護師長はこう語る。

「今先生が来てよかったのは、何か困ったことがあつたときに今先生に相談すると解決が早いということです。それまでは相談できるドクターがいませんでした。心疾患、脳疾患、心肺停止などの患者さんが来たときと同じようなレベルで1次の患者さんに指導できるようにというのを目標にして勉強会を行っています。今先生が来てブラッシュアップされました」

明秀は看護師の教育と同時に救急救命士の教育にも積極的に取り組んだ。青森の救急隊と接して感じたのは、とても熱心な救急救命士が孤立していたということだった。1人で切磋琢磨していても救急活動は広がらない。そこで、明秀は救急隊全体を活気づけようと、青森県では開講されていなかったJPTECやACLS、そして事業所単位のみの実施だったBLSを大規模な講習会として開いた。そこでは、たとえば救急搬送に関しては、症例を取り上げながら積極的な指導を繰り返した。1つ1つをクリアしていくと、救急隊との関係も円滑になった。救急車の中で自分は何ができるのだろうか、これでいいのだろうかと疑間を抱いていた救急救命士にくっきりと見えてきたのが「より多くの命を救いたい」という使命感だった。コミュニケーションの成立は「救命の鎖」を生み、患者にとってもいい結果をもたらす。明秀が川口時代に各方面の救急隊との関係を大事にしていたその経験は、ここでも生かされたのである。

明秀の活動は、病院から外へと拡大していき、やがて、一般市民も巻き込み、市民の救命救急に対する意識を変えた。AEDの講習会も最初は月に1回50人ずつを集めて実施し、すでに総計700人までに到達した。1度に300人、500人を集める講習会のほうが効率がよさそうだが、明秀に言わせると「それは1発花火みたいなもの」で、ステージ上で繰り広げられる光景を参加者が眺めるだけでは経験も知識も定着しない。市民と同じ目線で1緒になってAEDを指導することによって、明秀の人間性も伝わるのだ。私が八戸市立市民病院を訪ねた2日前には、なんと1階のホスピタルモールと名付けられた広場に350人を集めて1次救命処置とAED講習会を行った。学校の体育館や市民ホールではなく、病院内で病院の職員が一般市民に接することによつて病院と市民のつながりが濃くなり、教育効果も高まる。玄関ホールに350人の市民を集めたのは初めてのことだった。それも明秀の発案で、最初は反対もされたが、無事に終了してみると好評だった。まさに、救命の第1歩は、市民レベルから始まるのである。

次回「エピローグ②」に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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公開日:2018年4月16日