10月29日(金)

◎心肺停止

川口町一帯は道路も建物も悲惨な状況だった

昨夜は、当直明けと長旅の疲れで寝入ったのは午後９時すぎだった。夜中に地震が３回くらいあって日が覚めたが、揺れは長くは続かなかった。同じ回数で神田さんの寝返りがあった。彼は常日頃から患者の体位交換をしているせいか、こういう場でも的確に体位交換している。

朝食は八戸から持ってきたカロリーメイトのチョコレート味とウイダーインゼリー。外のトイレは水洗で衛生的だった。しかし寒いのが問題で、つい我慢してしまう。

７時30分。救急車のサイレン音がした。こちらへ向かってくる。昨夜からの夜間当番は国立国際医療センターの２番隊である。新参者が１番元気なので、その日の当直をするのがルールだ。昨夜は、八戸、静岡、国立国際医療センターニ番隊の中から国立国際医療センターが立候補した。

救急車の中では老人に対してCPRが行われていた。救急医チームは、救急隊から引き継ぎ、末広荘の会議室へ患者を運び込んだ。朝の出動前で、医療スタッフがあふれていた。

83歳の女性、気管挿管後、蘇生に成功した。

「生食100ミリリットル持ってきているチームはありますか？イノバンを使いたいんです」「500ミリリットルならあります」「三方活栓貸してください」

チーム間で医療品は有効利用される。国立病院や自治体病院の役目として、災害時の医療資源は無償で提供しなければ先進国ではない。ひょっとしたら、この小さな山奥の町は、平時に比べて救急についてはグレードアップしているのかもしれない。救急専門医が11人いる。患者は長岡赤十字病院へ運ばれた。

発災からそろそろ１週間だ。老人は屋外生活ですでに体も心もまいっている。エコノミークラス症候群も数人出ている。寒さを避けるために、一晩中車のシートに座っているため、下肢に血栓ができてしまう。それが肺に飛ぶと、胸痛、呼吸困難となる。下肢静脈血栓、肺塞栓症だ。避難所では慣れない集団生活のためのストレスが著しい。医療チームと心のケアチームの必要性は大きい。

そろそろ朝のミーティングだ。今日は西川口地区に出動する。

◎川口中学校診療室開設

９時過ぎに西川口地区(人口5700人中1330人)の川口中学校へ出動した。電気は自家発電。水はペットボトル、トイレは仮設トイレ。食事は自衛隊から配給。全住民が中学校の体育館に避難している。川口町最大の避難所だ。長岡市は、大きなスポーツアリーナに3000人が非難しているというが、想像できない。先ほどまでいた東川口地区役場周辺の人情もよかったがこちらでも、暖かい歓迎を受けた。この地区を定点にして活動するのは、八戸チームが最初だからだろう。

看護師の前田さん、神田さんの尽力により予定の10時より30分前に設営が完了した。地区代表の岡村和明(西川口岩出原)さんから、避難住民に紹介していただいた。

「遠いところありがとうございます。寒いところで申し訳ありません」

「同じ北国、雪国です。心配御無用です。青森県と八戸市を代表して来ました。日暮れすぎまでいますので、ご利用ください」

見たところ８割は高齢者である。平賀薬局長のにらんだとおり、慢性疾患が主体であろう。ここでは、シップを１パック出すだけでたいへん感謝される。物があふれている現代社会では、すっかり忘れられていた普通の光景だ。体育館の床に座るため膝痛を訴える人が多い。ロキソニンを２錠処方すれば、３回は頭を下げられる。

「薬はよく効きますよ。それより膝を折って、座らないこと。時々歩くことです。薬の効き目と副作用は薬剤師の中居がご説明いたします。痛みが取れなかったら明日も来て下さい」

子供の風邪は軽症だった。ここでも、母親は早めの受診を心がけている。ゆっくりとしたスピードで進むこの診療室では、軽症も大歓迎だ。