慶應義塾大学 医学部 救急医学教室 多村 知剛
0年
慶應義塾大学医学部 卒業
ラグビー部に所属し、6年生の12月までラグビー漬けの学生時代でした。祭大好き、飽きっぽい、せっかちな性格で救急医になろうと思って医学部に入学しました。
1~2年
総合病院国保旭中央病院 初期研修医
同じニオイ(学びに貪欲な)のする先輩医師、圧倒的な症例への暴露と屋根側式教育の充実ぶりを目の当たりにして、ここしかないと応募しました。仲間に恵まれて陸の孤島で合宿のような2年間を過ごしました。救急医を志していましたので、救急に関連するマイナー科研修を含め、バラエティーに富んだプログラムで研修をしました。
3~6年
慶應義塾大学医学部救急医学教室 専修医
私は北米型(ER)プログラムを選択し、大学と市中協力病院で救急科と内科を中心とした他診療科での研修を行いました。卒後5年目には、米国North Carolina University Chapel Hill救急科へ短期留学しました。留学中にTinitinalli先生にご指導いただき、国際学会で発表する機会を得て、非常に貴重な経験を積みました。
7年
慶應義塾大学医学部救急医学 助教
救急科専門医資格を取得し、大学病院で臨床研究に従事しました。公衆衛生学的アプローチを学びたいという気持ちが芽生え、公衆衛生学の大学院へ進学を考え始めました。その頃、大学院に進学していた教室の先輩の基礎研究を見せてもらい、医学を前進させる科学の素晴らしさに触れ、基礎研究を行うことを決意しました。
9年
慶應義塾大学医学部医学研究科 博士課程 入学
時間をお金で買って、平日に研究の時間を確保しました。卒後9年目にして基礎研究ゼロからのスタートです。基本的なことすら分からず、笑い話のようですがしばらくは知恵熱を出し苦労しました。現在は良き指導者の元で刺激的な毎日を過ごしています。これからが佳境です。
これからのプラン
救急医は臨床医です。臨床(bedside)の疑問やニーズを良く知っています。これらは往々にしてbedsideだけでは解決できないことも実感しています。臨床に則した基礎研究(bench)を通じて、患者にフィードバックすることは、救急医の大切な役割だと思います。私は基礎臨床一体型医学・医療を通じて救急医学の前進に寄与したいと考えています。また、重症患者の診療や嘱託産業医の経験を通じて、救急医学の究極は予防であるとも考え始めています。健康寿命の延伸のために、救急医にしかできないことをbedsideとbenchを行き来しながら発信していきたいと考えています。
先生の「キャリアプラン」をお寄せください
内容のアップデートもお待ちしています!
先生がどういった経緯を経て救急医という職業を選ばれたのかを
熱いメッセージとともに寄せていただければと思います。
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さらに、男女問わず結婚や出産、育児という家庭人としての経験と仕事を
どのようにバランスよくこなしてきたのかなどの体験談も併記いただける方は
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