救急現場、密着ドキュメント!⑥ 【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第1章 こちら救命救急センター
救急現場、密着ドキュメント!⑥
午前四時、搬送されてきた男性は激しい腹痛と吐気で、意識はあり質問には答えられる状態だ。七転八倒するくらいの激しい腹痛といえば、私が知っている範囲では盲腸や胆石や尿道結石、腸閉塞などが思い浮かんでくる。
私も過去に何度か脂汗にじむような腹痛に見舞われたことがある。十分おきぐらいに踏の周辺を襲う、差し込むような痛みの繰り返しと発熱、仕事を早退してタクシーで病院へ。診断の結果、急性腸炎や過敏性大腸炎などと告げられた。冷たいもの、脂っこいものは食べないように注意され、しばらくは消化のいいものでしのぐのだが、そのうち喉元過ぎれば、になってしまう。
ここ何年か腹痛を起こすことはなかったのだが、なんとこの現場取材の一週間前の金曜の夜に、それこそ「うん、うん」と唸り声を上げるほどの腹痛を経験していた。夕食後、麺類を食べて三十分ほどすると、急に胸のあたりが苦しくなり、腹部(踏周辺)も膨らんで激痛。下痢を引き起こすときの痛みに似ていたのでトイレに駆け込むがガスも便もでない。起きていられず横になったが、痛い。初めて経験するような痛みで、腹部はますます膨れてまるで風船のようだ。これは腸が詰まってしまったのではないかと不安になり、咄嵯の判断で、日に指を突っ込んで胃の中のものを吐き出した。少しだけ胸の苦しさがなくなり楽になったが、腹痛はおさまらず、下剤を飲んでから横になった。途中、痛みで何度も目が覚めたが、ようやく朝を迎えたときには、私はすっかり消耗していた。不思議なことに腹痛はやわらぎ、しばらく安静にしていたら、昼ころからガスも便も出るようになったのである。
いったい、あれは何だったのだろうか? ただ、思い当たるのは、麺はツルツルとのどこしがよく、しっかり咀鳴しないで食べたような気がする。吐き出したものを思い出してみて、きっと胃の中で詰まってしまったのではないか、と自分なりに解釈したのである。個人的な体験ヘと話がそれてしまったが、腹痛は他人事ではなかった。
救急外来では、腹痛を訴える患者は、病歴聴取や身体診察、数種類の検査などが重なり痛みを我慢させてしまうという慣習によって、潰瘍穿孔や虫垂炎、腸閉塞などの診断が遅れることがある。あるいは、一時しのぎの処置をした結果、診断と治療の遅れをきたしてたいへんな状況に至るというケースもある。明秀は激しい腹痛を訴える患者の救命の基本として、一人の責任ある外科医ができるだけ早い時期に患者を評価することが大事だという。
処置室では、男性の着衣が脱がされ、その腹部全体が膨らんでいるのが見えた。腹部のX線撮影、超音波検査が行われた。
明秀はX線写真を見ながら、医師と看護師に説明。
「ここが詰まっているな。間違いなく絞掘性腸閉塞ですね」
緊急手術を要するのだ。
腸閉塞は、腸の中味が詰まり、消化物が通過できなくなってしまう病気。医学用語では「イレウス」という。おもな症状は、激しい腹痛、吐き気、排ガスと排便の停止、嘔吐などだ。腸閉塞を起こすと、腹部は腸管内にたまったガスや消化液によつて大きく膨らみ、腹壁越しに腸管の運動が見られたりする。ひどいときでは、発熱、脱水、ショック状態、意識障害などを起こすというものだ。発生後二十四時間を過ぎると、閉塞して血行障害を起こした部分の腸が壊死して腹膜炎を合併し、命にかかわることがある。
ここで恐ろしいのは、X線写真に異状が見られないとして「朝まで様子を見てみましょう」などと医師にいわれた日には手遅れになってしまうことが多い。いかに初期診断が重要かということだ。
患者の妻が処置室に呼ばれ、腸閉塞のため至急手術の必要があると明秀から説明を受ける。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
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