救急現場、密着ドキュメント!⑧ 【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第1章 こちら救命救急センター
救急現場、密着ドキュメント!⑧
手術というのは患者の生死に関わる場合もあるので、必要最低限の言葉しかない厳粛なる儀式のようなものかなと想像していた。ドラマなどでは「鉗子」「メス」「ガーゼ」「血圧いくつ?」という具合だからだ。ところが、ここでは自然な会話が交わされていた。それは不謹慎ではいかという声がまたまた聞こえてきそうだが、現場を取材した私としてはこの普段どおりの会話ができるということに信頼感を抱いたのである。これも明秀のキャラクターによるものだろうが。手術中の態度が悪かったなどとして医師が訴えられた国もあったが、冗談を言ったり、いつもと変わらぬ会話があるのはむしろリラックスできていいのではないかと思ったくらいだ。もし、私が手術されるときには、ぜひともほどほどににぎやかなほうがうれしい。たとえ、全身麻酔だとしても。
午前八時、腸閉塞の手術は無事に終了した。このあと患者はICUへ移動して治療が続けられるのである。
私は命のよみがえりをこの目で見て、静かな興奮に包まれていた。手術衣から洋服に着替えて帰る準備をしながら、夜から朝までの時間を一つ一つ思い返していた。ふと、雑談中に飛び出した中医師の言葉が脳裏をよぎった。
「テレビの″白い巨塔″を観ていますか? いくら腕のいい外科医でも財前のような医師になってはいけないのです」
この取材をしたとき、ちょうどテレビで『白い巨塔』が放送され、高視聴率を上げていた。大学病院の医局を背景に、名誉欲と野望に燃える財前という外科医に対し、患者側に立った診療に精魂傾ける内科医という図式はとてもわかりやすく、誰かが内科医の里見医師がいいなど
と言っているのを聞くと、ホッとしたりもした。
明秀に挨拶をしようと姿を探していると、 一階の処置室の前で会った。おそらく疲れているのだろうが、意外にもさわやかな顔だった。
「お疲れさまでした。取材をさせていただきありがとうございました」
「どうもご苦労さまです。私は昼ぐらいまでかかりそうです」
救命救急センターの出口まで送ってくれた。ある患者が言っていたことを思い出す。
「退院したあと検査で二、三回病院に来て、今先生にお会いしましたけれど、必ず玄関まで送ってくれるんですよ。お忙しい方なのに、ほんとうにうれしいですよ」
明秀がこちらに向かっておじぎをしている姿があった。外はすっかり春の朝だった。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
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