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心臓破裂が教えてくれたこと④【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第2章 救命、そして再生への道

心臓破裂が教えてくれたこと④

そして、明秀はこう続けた。

「生き方について考えることは社会に出てから必要です。一日に十分でもそういうことを考える人間が増えていけば、きつと世の中よくなるのじゃないかなと思います。鈴木さんはたいへんなけがだつたけれど、あのときのけがをきつかけにして新しい分野を見つけて、自分の世界が広がっていくかもしれないし、これからはいろいろなことが変わってきますよ」

明秀の言葉にじつと耳を傾けていた鈴木さんがおもむろに口を開く。

「今先生の当直日でなければ、おれ、助かってなかったかもしれませんね」

「わたしが当直でなくても、重症患者の場合は、必ず呼び出されます。あの当時は週三回の当直があったんですが、スタッフが少なくて、午前五時でも電話がかかってきて、激しく呼ばれました。このセンターに搬入されてくる患者さんの特徴は若い人か大黒柱のお父さん。がんばる価値があるんですね。絶対に助けたいと思いますよ」

「先生はどうして医者になろうと思ったんですか?」

「中学生のころから強い意志がないままに医者になった人が多いと思いますが、私もそのなかの一人だったのかもしれない。でも、野口英世やブラック・ジャックのイメージが強かったかな」

「自分の思うようにならないのが現実じゃないですか。先生はすごいです。なんでもできるから、ブラック・ジャツクみたいです。日の前の患者さんをなんでも治してしまう。心臓と肝臓をいっしょに手術する人なんてあまりいないと思います」

「昔は、年上の外科医からいじめられたり、なぐられることもありました。いま思うと、能力がなくてだめな医者のことは怒らない、なぐりもしない。どうにもならない人は無視、あまりお世話しない。叱ったりするのはまだ見込みがあるからだと、自分も指導する年齢になってきて、わかるようになりました」

「今先生の人生は、時の流れが人よりも何倍も早いですね」

鈴木さんの今明秀に対する率直な感想である。入院中は医師と患者という関係性の中でしか会話が交わされなかったが、こうして五年後には世間話でもするように会話がはずみ、私にはとても興味深い光景だった。鈴木さんはこんなことを口にした。

「おれ、自分が死んだときにお葬式をどんなふうにしてほしいかってことを考えるんです。友達とかはビートルズの曲をかけて送ってやろうって思います。いろいろ選択肢があったら面白いと思います。どんな人でも必ず死ぬから、葬式はその人らしいものでなければならないなんて、企画するのも面白いです。それもこれも今先生に命を助けてもらつてから思うようになりました」

鈴木さんを送るため正面玄関に向かう廊下の途中で、救命救急センターの吉池昭一医師と会った。

「先生、五年前、交通事故で重症を負った鈴木雅人くんですよ」
明秀が当時の分厚いカルテを見せると、吉池医師は、

「おお、心臓破裂、肝臓損傷、大腿開放骨折、すごいなあ。これは、今先生でなければ治せなかったですよ。よかった、よかった」

救急医と患者の関係というものは、患者の退院によって一応は完結する。しかし、こうして五年ぶりに患者の元気な姿に出会ったときの喜びは救急医にとつては格別のものである。

退院後、「生きる意味について考えるようになった」と言った鈴木さんの素直な言葉がこちらにも熱く伝わった。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/10/26