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食道破裂、10%の救命率①【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第2章 救命、そして再生への道

食道破裂、10%の救命率①

二〇〇〇年八月二十七日の日曜日だった。

取り次ぎ書店に勤務する佐藤勉さん(当時四十四歳)は埼玉県の鳩ケ谷ふるさと祭りで神輿を担ぐため前日から妻の実家に泊まり込み、翌朝は早起きをして準備をした。神輿は十二時にスタートしたが、最初の休憩所でふるまいの缶ビールを飲んだときに吐気を感じたので、通り道にある妻の実家に戻った。シャワーを浴び着替えてから横になろうとしたが、どうにも吐気がおさまらずに嘔吐。瞬間に激しい胸痛が走った。妻と義弟が佐藤さんの異変に気づき、すぐに救急車を呼んだ。

佐藤さんはストレッチャーで救急車内に入れられ、救急車は出発しようとしたが、救急隊員が鳩ケ谷市内の病院と連絡を取ろうとするも日曜日ということもあり、なかなか搬送先の病院が決まらなかった。ここで三十分以上の時間が経過してしまった。業を煮やした同乗の義弟が救急隊に向かって叫んだ。

「川口の救命救急センターに行ってくれ!」

その日、今明秀はちょうど当直日で救急隊から連絡を受けセンターで待機していた。搬送されてきたときの佐藤さんは胸の痛みを訴えていた。四十代の男性が激しい胸痛を訴える場合、考えられるのが心筋梗塞、そして大動脈解離、肺塞栓症、食道破裂などがある。頻度がいちばん多いのが心筋梗塞、頻度がいちばん少ないのが食道破裂。もし、診療した医師が心筋梗塞しか思い浮かばないのであれば、その患者は死に至るケースが多い。

心電図には異常は診られなかった。次に胸部のX線を撮ると、左肺に水がたまっていることがわかった。「これは変だ」とCTスキャンを撮ったところ、食道から空気がもれているのが発見された。明秀は特発性食道破裂と診断。さらに鼻から管を入れ造影剤を流して破裂している場所をX線で確認したところ、食道の下部に穴があいていて、食物や唾液、胃液が胸にこぼれているのが発見された。そのため胸に激痛が起きたのである。

特発性食道破裂は、Boerhaave症候群ともいい、強制嘔吐、出産時のいきみ、重い荷物を持ち上げるときなどに、突然食道が破裂する疾患である。突然、病態が重症化して、嘔吐、胸痛、皮下気腫の症状のほかに、嘩下痛が現れる。文献的には約六割は死亡するという重症で、治療は早期の縫合閉鎖。手術方法はいろいろあるが、その選択によっては失敗が多いし、大成功することもある。いまだにどの手術方法が確実であるのかわからないという。

造影検査の結果から食道の穴は巨大で手術は難しいと考えられた。小さな穴なら安全な手術もできるが、八センチ以上の縦裂きだと、成功率は低い。これまでの文献から大きな穴と食物の胸への広がり程度と手術開始の時期で死亡率は違ってくる。佐藤さんにはすでに低酸素血症が出現している。通常の酸素マスクでは酸素の補給が追いつかない。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/10/30