食道破裂、10%の救命率②【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第2章 救命、そして再生への道
食道破裂、10%の救命率②
明秀は手術をしても助かる見込みは一〇%だと思った。破裂した部分を縫合しても合併症で死亡した患者が過去にいたので、ここは「いちかばちか」で成功率の高い手術方法でいくしかないと判断。その手術とは、胃袋を持ち上げて食道破裂の部分を覆って縫合するという方法で、すでに外国では主流となっているが、日本のすべての病院が行っているわけではない。明秀にとつてもこれが最初となる手術である。しかも、一度も見たことがない手術をするという。アメリカの文献で読んでいたので、明秀の頭の中にはすでにイメージができていた。
「初めての手術をしてみようと思うが、いいか?」
スタツフに確認したところ、誰も反対する者はいなかった。スタッフは明秀を信頼している。日の前に食道破裂で瀕死の患者がいる。四十四歳、働き盛りのお父さん。手術をしても助かる可能性は一〇%。だが、いま死なせてはならない。助けるのだ。明秀は即座に決断し、佐藤さんの妻と長男を処置室に呼んだ。
「食道破裂で、とても危険な状態にあります。助かるかどうかは難しいですが、これから緊急手術をします。ただ、手術が成功しても感染症にかかつて死亡する場合もあるし、予断を許さないような状態が続きます。最悪の結果になることも考えられるので覚悟はしておいてほしいです」
こうして佐藤さんは手術室へと運ばれていつた。胸に水がたまっていて酸素が足りず呼吸状態がよくないため、全身麻酔も決して安全なものではなく、明秀はハラハラしながら麻酔を見守った。胸から腹まで約六〇センチの開胸開腹手術は左斜め胴切り切開法である。食道を見れば、八センチも裂かれた状態だった。
明秀が初めて挑戦した胃袋を持ち上げる食道破裂の手術は輸血なし、アルブミン製剤も使用せずに無事終了したが、この段階では一命は取り留めたものの、手術が成功したとはいえなかった。合併症や感染症を起こす恐れは十分に考えられたからだ。血液中のアルブミンというタンパク質が不足すると、血圧低下、尿量減少、浮腫、食道閉鎖部のくっつき不全が起こりやすい。この場合、献血により製生したアルブミン製剤を使用することがある。しかし、欧米の文献によると、アルブミン製剤を使用した場合に、逆に死亡率が高くなることが報告されている。
咽喉を切開して人工呼吸器をつけ、栄養を摂取するための管が小腸に入った。佐藤さんはICUでも入り口にいちばん近いベッドに寝かされ、予断を許さない絶対安静の状態が続いた。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
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