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2トントラックに4WD車が突っ込んだ「お父さんを助けろ ! 」②【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第2章 救命、そして再生への道

2トントラックに4WD車が突っ込んだ「お父さんを助けろ ! 」②

一方、救命救急センターでは、救急隊からの電話を受けた今明秀が金曜日の朝のカンファランスを中止し、紙尾、平松両医師とともに、患者受け入れの準備を開始した。ショック状態にあることから暖めた輸液を大量に用意し、点滴は太い針でニルート確保予定。x線は胸部一枚、骨盤骨折を考えてもう一枚撮るので、放射線技師に初療室まで来てもらって待機させる。ショックが進行すると、酸素の取り込みが悪化するため、気管挿管して人工呼吸をする必要がある。

重症外傷患者が来ることを手術室へ連絡し、検査技師に輸血の在庫の確認をする。超音波検査器械を使いやすい位置に移動し、緊急救急室開胸術に備えて床にビニールフィルムを敷いて(血液が飛び散るため)手術道具を運び出した。スタッフは、血液汚染に対応するためにガウン、帽子、ゴーグル、手袋、それにレントゲン・プロテクターを着けた。輸液の加温装置スイッチを入れる。

救急隊からのセカンドコールでは、男性は依然ショック状態とのことで、明秀らスタツフは初療室の外へ出て、救急車を待ち受けた。東の方角からサイレンが聞こえてきた。

九時二十七分、救急車が到着した。車の停止と同時に紙尾医師はハッチを開けた。汗びっしょりの救急隊員が報告する。

「多発外傷です。外出血が続いています」

下腿の開放骨折からは、骨髄から出るオイル成分と真っ赤な血液が圧迫している救急隊の手から溢れて出ていた。車から出されると同時に明秀が声をかけると患者は反応して痛みを訴えた。顔色は土色になっていた。気道は開通していたが、撓骨動脈は弱かった。残暑だというのに、腕は冷や汗で冷え切っていた。呼吸は浅く、救急隊の判断どおり危機的状態であった。

初療室へ患者を誘導し、バックボードのまま初療室のストレッチャーヘ移動した。看護師のなれた手つきで心電図モニター、血圧計、酸素飽和度、体温測定が行われた。救急隊長は頭部側に移動し待機した。救急隊員は、患者のズボンを切っている。自動血圧計は最初一〇一を計測したが、スタッフは信用しなかった。明らかに患者の状態は悪い。低すぎる血圧のときは、器械はよくまちがえる。次の血圧測定では六〇だった。呼吸音は左で弱く、左胸壁は呼吸運動に反してへこんだり、出っぱったりして、有効な呼吸ができず、多発肋骨骨折によるフレイルチェストの状態だ。気管挿管して人工呼吸が必要になることが多いが、しかし、その前にやるべきことがたくさんあった。明秀はショック状態に対して両側肘静脈に太い針を刺して、暖めた点滴を全速力で開始した。

日本の救急隊は、現場で心停止していた場合以外に点滴することを許されていない。アメリカではこのような出血性ショックに点滴が行われている。心臓が止まった患者に点滴の針を入れるほうがよほどむずかしい技術なのだが……。

出血は両側の下腿骨折から吹き出ているほかに、探すべき三カ所は胸部と腹部と骨盤である。超音波検査を行った。いきなり心臓の周りに血液がたまっているのが見えた。心臓の中に血液は普通にあるが、外側にたまるのは、量が増えれば、心臓の拡張障害を起こす心タンポナーデになる。また、腹腔内出血もわずかに見られた。左胸腔内には大量の血液がたまっている。大量血胸と心タンポナーデである。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/11/16