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2トントラックに4WD車が突っ込んだ「お父さんを助けろ ! 」③【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第2章 救命、そして再生への道

2トントラックに4WD車が突っ込んだ「お父さんを助けろ ! 」③

「最初に治すのはどっち?」

初療室に緊張が走った。紙尾医師は明秀の顔を見て指示を仰いだ。明秀の決断はこうだった。最初に心タンポナーデの緊急処置、それから左大量血胸の処置、次に気管挿管という順序。急いで輸血を準備する。放射線をかけた赤血球製剤を八単位用意。最初の四単位は血液型だけを合わせたものを十分以内に輸血開始予定。輸血セットを加温装置につないでスタンバイした。

心嚢に管を入れるのに三分もかからなかったが、出てくる血液は少なかった。

「しまった!心臓破裂と、その外側の袋の心嚢も破れていたんだ」

明秀は左胸に脇の下から人差し指ほどのチューブを急いで刺しこむと、鮮紅色の血液一三〇〇ミリリットルが一気に吹き出た。やはり、心臓破裂が左胸につながっていたのだ。手術室の準備が整い次第、十五分後に胸骨縦切開で心臓破裂の手術、続いて骨折の手術と腹部内臓手術を行う予定とする。輸血を開始する。患者は意識障害があり、家族と連絡がとれないので緊急避難として、救命のための輸血を家族の承諾なしで開始するのだ。明秀は看護師には輸血開始時刻を記入するように指示を与えた。

痛み止めの麻薬と少量の鎮静剤、筋弛緩剤を使用して気管挿管した。それから手術室ヘエレベーターを使って移動する。患者はショックから立ち直っていないため、途中で呼吸異常になればお手上げだ。そのためにも確実に気道を確保して、さらにショックに対して酸素を十分に送り込むのが目的である。気管挿管は、頸椎の損傷の疑いがある場合には、頸椎を曲げないで挿管するのだが、これがかなりむずかしい。紙尾医師が挿管、頸椎固定は平松医師、そして明秀は嘔吐予防に喉仏を押さえ込んだ。うまく気管挿管ができたが、なおもショック状態は改善しなかった。輸血を急速に入れながら、さらに輸血を検査室へ追加注文した。合計一六単位とした。

下腿の骨折、大腿の骨折を引っ張りながら副木で固定し、包帯でぐるぐる巻きにして圧迫した。待機していた放射線技師に胸部と骨盤のX線を撮ってもらい、手術室へ移動開始した。大腿のX線は撮らなかった。

手術室のドアをくぐり、救命手術室まであと五メートルというところで、頸動脈が触れなくなった。すなわち心停止である。ここでボスミン(心肺蘇生時に使用すると威力を発揮する必須薬)一ミリグラムを静注し、心マッサージを数回行うと、再び脈拍に触れることができた。心拍再開である。

胸骨縦切開は安全な方法だが、心臓に到達するまでに数分かかる。それでは間に合わないかもしれない。もう一つの方法、左前側方切開なら数秒で心臓に到達できるので、明秀は後者を選択した。明秀が左開胸している間に、紙尾医師に胸骨を切開してもらうことにした。手術は間に合った。紙尾医師が左心室の三カ所の穴を縫って閉鎖した。血圧は安定した。しかし、胸部外傷は心臓だけではなかった。左肋骨が四本折れていた。肺は打撲のために変色していた。

折れた肋骨が心臓に突き刺さったと見られた。肋骨骨折部からは出血がにじんでいた。「肋骨の骨折をくっつければ、出血は収まるだろうが、そうすれば、下肢の骨折のタイムリミットを越えてしまう。体温低下もあるし、開胸手術は早めに切り上げたい」そこで明秀は肋骨骨折部に手術用タオルをあてがい、圧迫止血、肺と心臓に再び肋骨が刺さらないようにした。これは一時的にタオルなどで止血しておいて、翌日以降に根本的止血術などを行うためで、この手技をダメージコントロールという。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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書籍連載   2017/11/20