日本の救急医療とER①【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第3章 救急こそ医療の原点
日本の救急医療とER①
私たちはいつ、どこで急病になったり災難にあったりするかわからない。自宅や職場、街、あるいは旅先でアクシデントに見舞われるかもしれない。「きょうも1日無事に終わった、やれやれ」と思っても、睡眠中に異変が起きるかもしれない。自分自身のことや身近な人間のことなどを思い出してみて、また毎日のニュースを見聞きすれば、さらにその思いを強くする。
万が一、そのような事態に陥ったとき、緊急の場合は救急隊がその症状などから判断して病院へと搬送する。どこの病院へ。それは患者にはわからない。まして意識がなければなおのことで、ただ救急車に乗って私たちは運ばれていく。
日本の救急医療機関では、患者の重症度によって1次救急病院、2次救急病院、3次救急病院という分け方がされている。
1次は外来対応で治療できる帰宅可能な比較的軽症の患者、2次は一般病棟で入院治療を要する中等症から重症の患者、そして3次は心筋梗塞や重症外傷など集中治療を要する救急患者を扱う救命救急センター、高度救命救急センターである。現在、全国各地に救命救急センターが160カ所、また日本救急医学会が認定する専門医施設は270ほどある。
救命救急センターと呼ばれるような3次救急病院は年中無休、24時間体制で患者を受け入れている。そして、救急医療というのは、もちろん病院だけで展開されるものではなく、プレホスピタル(病院前医療)と病院(救命救急センターなど)と後方の受け入れ施設の連携によって成り立っているのである。
プレホスピタルの段階では、まず救急救命士の素早い対応と判断、搬送先の医療施設も即座に受け入れるようなシステムであることが重要だ。そうしたシステムづくりが徐々に行われてきた背景には、助かるはずの命が助からなかったという多くの残念な事例があったことにほかならない。
どこの病院にも断られたあげく、着いた先の病院ではすでに手遅れで死亡するといった、いわゆる「たらい回し」事件が頻発したことがあった。
呼吸不全に陥った乳児が、搬送先の救急告示病院の当直に「小児科医がいない」という理由でいくつかの病院に断られたあげく、ようやく受け入れ病院に救急車が到着したときにはすでに乳児は死亡していたというケースなど、小児の救急医療の「たらい回し」のトラブルは現在でも発生している。もし、小児科医がいなくても応急処置をしたうえで救命救急センターに搬送するなどしていたら何%かの可能性も生まれ、展開は変わっていたかもしれない。
小児科医の不足だけでなく、救急病院でも小児救急患者を誰が診るかということが明確になっていないなど、救急医療体制の不備も指摘されるだろう。
「最善を尽くしましたが、手遅れでした」と医師から伝えられると、一瞬、家族としては悲しみのあまり「手遅れだつたほど危篤な状態にあったのだ」と、その「死」を受け止める。しかし、冷静になって考えてみると、「もっと早い対応だったら、助かっていたのではないだろうか」と悔しい思いをすることもあるのだ。なぜ、救命が遅れたのだろうか。なぜ、助かるはずの命が助からなかったのだろうか。
病院が救急患者を断ったり、転送したりする理由としては「救急室がいっぱい」「処置中」「手術中」「専門医がいない」「検査ができない」「経験不足の研修医しかいない」「軽症の患者は診ない」などいろいろだ。しかし、患者側にしてみると、どの理由も納得しかねるものだろう。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
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