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メディカルコントロール④【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

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第3章 救急こそ医療の原点

メディカルコントロール④

「たらい回し」ではないが、病院に搬送されるまでの短時間に的確な処置がなされていれば、「助かったであろう」とされるような傷病がある。たとえば、交通事故などによる外傷死の中には、的確な判断と速やかな処置を施すことで防ぎ得る外傷死 = PTD(Preventable Trauma Death)が存在し、なんと40%近い人が助かっていたのではないかといわれている。これを知ったとき、私は「え?」と思った。それでは、「もしかしたら、あのとき助かっていたかもしれないではないか」と悔しく思う遺族も多いことだろう。

交通事故などによる重症外傷患者で生存率が最も高いのは、受傷後一時間以内に手術された場合で、これを「黄金の一時間」といい、さらに最初の10分を「プラチナの10分」といい、一時間以内に適切な応急処置が行われていれば死なずにすむということだ。それが防ぎ得る外傷死なのである。

2003年、日本における病院前の外傷観察・処置標準化プログラムの普及を目的として、JPTEC協議会が発足した。

これは日本のプライマリケアにおける救急隊員などの観察・処置能力の向上を通じ、外傷患者の救命率の向上と早期社会復帰を図ることを目的とする協議会だ。日本救急医学会メディカルコントロール体制検討委員会の下部組織として位置づけられ、実際の運営は、日本救急医学会各地方会傘下のJPTEC協議会地方支部が担当している。JPTECは日本救急医学会公認の病院前外傷教育プログラムである。また、これとは別に外傷患者の救急診療を担う医師のために開発されたJATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care = 外傷初期診療)という研修コースもあるので混乱してしまうが、前者のJPTECは医師向けのJATECとの整合性を保つことにより、病院前から病院内まで1貫した思想のもとに標準的な外傷教育を行い、日本における防ぎ得る外傷死亡の撲減を目指すものである。そのうえで、国内で各支部を設置して広く普及させるために積極的にJPTECプロバイダー養成コースなどを開催しており、受講資格は、消防職員、消防職員以外の救急救命士、消防職員以外の消防救急課程修了者、医師、看護師、准看護師である。

一般的によく知られている心肺蘇生法はBLS(Basic Life Support)とACLSの2つを根幹に構成されている。BLSは1次救命処置といわれ、特別な道具を使用せずに傷病者の呼吸の評価、循環のサインの評価、心臓マッサージ、人工呼吸、体位変換などが含まれるが、アメリカ心臓協会(AHA)などでは、教育された非医療従事者による電気的除細動の手技も含まれる。そして、ACLSは、2次救命処置と訳され、BLSに加え、除細動、気管挿管、薬剤投与といった医療を行うことを指している。BLSはACLSに含まれていて独立したものではない。ACLSは、確実なBLSがなされてこそ続いて行われて効果を上げるもので、まずはBLSを習得しなければならない。

また、BTLS(Basic Trauma Life Support)というのもある。これは1次外傷救命処置と訳され、日本では、2000年10月に宇治徳州会病院の主催でフロリダ州のBTLSのバックアップを受け、アドバンスコースが開催されたのが最初で、2002年4月に宇治徳州会病院を本部として日本支部が正式に認定された。

2003年11月、BTLSの国際外傷会議の会期中に実施された「外傷処置競技会」で日本チームが言葉の壁を乗り越えて初代チャンピオンの栄誉に輝いた。決勝のシナリオは、バイクと歩行者の接触事故で、歩行者が意識障害の重症、バイク運転手は薬物中毒患者で開放性骨折の中等症。イギリスのニチームは1人の重症者に対してアプローチをせずにまわりの警察官を呼んでやつてもらつたのに対して、日本チームは、2人が重症者のトリアージと処置に当たり、もう1人は中等症者に当たってから、3人が合流して気管挿管、緊張性気胸の穿刺など重症者の治療に集中した。この目をみはるような的確な活動は最高得点を上げたのである。

日本の救急隊の活動内容は、アメリカやカナダなどに比べて20年以上の遅れがあると言われてきたが、その日本チーム(今明秀の下でJPTECを普及させていたメンバー)の優勝は「防ぎ得る外傷死」の撲滅活動にも勢いがつくものであった。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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公開日:2018年1月11日