ヘリコプター搬送①【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第3章 救急こそ医療の原点
ヘリコプター搬送①
重症患者をヘリコプターで病院へ搬送できれば、確実に救命率が上がるというケースがある。
「過疎地や離島ならわかるが、2、30キロメートルの距離をヘリコプターで搬送するなど大げさではないか?」
そう考える人もいるだろう。しかし、一刻を争うようなときには、救急車で交通量の多い道路を走っていたのでは間に合わない。医師が必要とあれば、ヘリコプターを飛ばして確実に救命率を上げることができるのである。
「もし、ヘリコプターで搬送してなかったら患者さんの命は助からなかったかもしれない。一刻を争うような場合には、自信をもってヘリコプターを要請できるような医師であるべきです」
今明秀はヘリコプター搬送で救命に成功したことを何度か経験している。
2000年1月7日午後7時すぎ、阿部武仁さん(当時27歳)は50ccバイクを運転していたが、右折するところを曲がりきれなくてそのままブロック壁に激突した。救急車で搬送されて川国市立医療センター救命救急センターヘ。
阿部さんは大動脈破裂、腸間膜損傷、大腿骨開放骨折、頭蓋骨折、大量血胸という重症だった。大動脈破裂と腹部内臓破裂では、大動脈は安静にしておけば「待てる」もので、腹部内臓破裂の手術を優先させなければならず、次々に処置手術が行われた。しかし、大動脈の手術のほうは心臓を停止させて行うので、血管外科や心臓外科でも慣れていて上手な人が執刀しなければたいへん危険である。そのうえ、人工心肺も必要になる。しかし、川国市立医療センターには人工心肺がないため、明秀は自治医大の心臓外科の非常勤医師をしていた関係で、自治医大の大宮医療センターヘ転送し手術をしてもらうことにした。
午前4時、救急車で大宮へ。8時間にもおよぶ大動脈の手術は無事に終了した。しかし、阿部さんの外傷は大動脈が破裂しただけでなく、頭部、胸部、腹部にも重傷を負っていたので、次々に手を打たなければ敗血症を起こして危険な状態に陥りやすくなる。明秀はかなり迷ったすえ、術後2日目に川回の外傷ICUへ患者を連れて帰ろうと決めた。ところが、阿部さんは呼吸状態が非常に悪く、救急車で搬送するには時間がかかり大きなダメージとなるため、明秀はヘリコプターを要請した。救急車で20分のところを、ヘリコプターを使えばわずか3分。この時間差が明暗を分ける。阿部さんをヘリコプターに乗せて川国市立医療センターの集中治療室に戻ってきた。気管切開を行い、さらに大腿骨の骨折部分が感染しそうだったので、再度開いて傷を洗浄し、右血胸に対して胸腔ドレナージを行った。そのような治療を早めに行わないと、命とりになるのだ。
阿部さんは事故にあつた瞬間から目覚めるまでの記憶がまったくない。腹部、胸部、足など何力所も手術が行われ、日覚めたときにはすべてが終わつていた。もちろん、ヘリコプターで運ばれたことも知らない。そのときのひと声は「おれの体をいじったのは誰だ!」だった。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
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