救急が研修医を鍛える③【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第3章 救急こそ医療の原点
救急が研修医を鍛える③
こうした研修の場は病院の中だけではなく、たとえば医師たちが講師として指導にあたる独自のトレーニングコースなども研修医にとっては実践を学ぶ場である。
アメリカでは、1979年にATLS(Advanced trauma life support = 外傷二次救命処置)というトレーニングコースが正式に認められ、医学生やレジデント(研修医)、一般外科医や救急医、救急隊員、看護師など幅広い医療従事者を対象にトレーニングが行われ、現在では世界15カ国で開催されている。
日本でもこのATLSを導入しようという気運が日本外傷学会などにあるが、実現には至っていない。しかし、北米でATLSを実際に受講した箕輪良行医師(聖マリアンナ医科大学救急医学科教授)らがその必要性を実感し、1997年に重症外傷を最初に診療する機会の多い第1線の臨床医、地域医療に従事する総合医や外傷診療に慣れない研修医を対象としたPTLS(Primary Care Trauma Life Support)という外傷初期診療トレーエングコースを独自にスタートさせた。
これは世界で広く実施されているATLSコースではないが、そのエッセンスをアレンジした新しい教育手法で、実際の臨床に役立つように配慮して構成されている。目的は外傷による死亡を予防するために適切な診断、治療を実施して、より高度な治療を要する患者を適切に搬送するのに必要な技能と知識を習得することにある。スライドとシラバスを用いた講義、頸椎x線の読影、骨髄内輸液の実技、心嚢穿刺や胸腔ドレナージの実技、実際の臨床場面をシミュレートした実習という方法を利用した1日コースで、埼玉県や1000葉県ほか全国各地で開催され、これまで約50回、1000人以上が受講している。
2004年5月晴れの土日の2日間、私はそのPTLS講習会がさいたま市の大官消防署で開催されるということを知り、さっそく見学に出かけた。
参加者の多くは研修医で、講師には今明秀のほか、同じ自治医大出身の箕輪医師、林寛之医師(福井県立病院救命救急センター医長)、本松茂医師(新潟県国保ゆきぐに大和病院医師)、杉山健医師(船橋市立医療センター救命救急センター部長)、そして、さいたま市消防局や川口市立医療センター救命救急センター看護部の協力も得て開催された。
第1日目は午後一時から初期評価のデモンストレーションや「気道と換気管理」「ショック」「胸部外傷」「腹部・骨盤外傷」「頭部外傷」「脊椎・脊髄外傷」という各科の講義が行われた。研修医でなくても、またむずかしい専門用語もいろいろ飛び出す講義だが、意外にも面白いと思ったのは、それぞれの各科の講師のわかりやすい解説と、教えるのが楽しいという気持ちが伝わってきたからだ。講師のキャラクターにもよるのだが、これはちょっとしたパフォーマンスである。おそらく研修医たちも同じような感想を抱いたであろう。
第2日目は午前8時から、小人数のグループ別の実習と、前日の講義内容の実践トレーニングが待っていた。臨床シミュレーション(客観的臨床能力試験)とフィードバック→てヽュレーション結果を説明)が行われた。これは見学していると、まるでそこに外傷患者が運ばれてきたかのような臨場感で、研修医たちも真剣な表情でこのシミュレーションに取り組んでいる。重症外傷患者を演じる救急隊員は「痛い、痛い」とうなる人や「なんとかしてくれよ?」と叫ぶ人などいろいろ、ここぞとばかりのパフォーマンスで困らせるのである。笑いも起きる。
研修医たちはその患者に声をかけ手順を踏みながら処置に当たっている。たかが、シミュレーションとなどとあなどってはいけない。実践トレーニングを評価する講師たちの厳しい観察眼、研修医たちの表情は真剣そのものなのである。「その前に確認しなければならないことがあったよね」「お、きみはなかなか手際がいい。時間内に終わったよ」など今明秀の声が聞こえてくる。各科のトレーニングが1巡すると、講師の対面方式による研修医の1人1人の評価が始まった。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
早く続きを読みたい、書籍で読みたいという方は http://www.cbr-pub.com/book/003.htmlや Amazonから購入できます。
◁過去の記事: 救急が研修医を鍛える②【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
▷新しい記事: 救急が研修医を鍛える④【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】