救急が研修医を鍛える④【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第3章 救急こそ医療の原点
救急が研修医を鍛える④
2日間のPTLS講習会は、講師と受講生たちとのコミュニケーションの場でもあったと私は思う。何よりも印象的だったのは、講師たちが素になって研修医たちを受け入れ、リラックスさせて指導に当たり、また研修医たちも最初は緊張していたものの、疑間が生じたら気軽に質問し、評価についても真剣にメモをとるなど前向きな姿勢であったこと。そして、協力を惜しまなかった救急隊員や看護師のみなさんの心意気。救命救急の基礎はこういうところから始まるのかもしれない。今明秀は言う。
「PTLSはしだいに時代に合ってきて、外傷の診療をするのにとても役立ちます。PTLSを支持してくれる人も増えてきました。PTLSをするときには、私もそうですが、箕輪先生も林先生も自治医大のカラーを出しているんですよ」
PTLS講習会のニカ月後、私は川国市立医療センター救命救急センターに出かけた。小関センター長に取材をしていると、「研修医の経験を聞きたいなら、5月に来たばかりの1年目の研修医がいるから彼から話を聞くといいですよ」と教えてくれた。
研修医の山本誠さんと挨拶を交わして、はっと思った。彼は例のPTLSに参加していた研修医の1人だったのである。明秀に「手際がいいね」とほめられていたのが印象に残っていた。
「こちらの3次救急で研修しています。いままで約80人の患者さんに関わりました。最初は見ているだけでしたが、PTLSに参加したあとは、患者さんが搬送されてきたら、どういう流れなのかをつかむために途中から指導医を見ながら患者さんの頭部から足まで触診しました。最近、多かったのは脳卒中、交通外傷などです。現場では、患者さんのご家族への対応の仕方もしっかりするよう指導されました。ほとんど助からないような危篤状態にある患者さんのご家族に対して、患者さんがどういう状態であるのか、そしてどういう処置をしたのかを順序立てて説明して、これ以上続けても時間が経っているようだから、とても困難な状態だということを伝える。ご家族が理解できているかなと様子を見ながら事実を説明していくということ。やはり、働き盛りの40歳くらいの男性が突然、脳卒中で倒れますと、奥様は動揺していて、説明を聞きながらふら―つとしますからね」
山本さんはまだニカ月月しか経っていないのだが、ここの救急現場では症例の多さもあってか、「こんなにやらせてくれるのか」と思うほど、ほかの研修医がまだ経験していないことをいち早く経験できた。たとえば、気管支鏡もそうである。「よそではまだやらせないぜ」と言う紙尾指導医の下で行った気管支鏡の実践は、山本さんをますます意欲的にさせたのである。
研修医は診療、検査、治療方針、患者や家族との接し方など、先輩医師を見ながら1つ1つを学んでいく。さらに、限られた時間の中で、しかも毎日のように展開されるのが救急現場で、軽症から重症まで多数の患者が搬送されてくる。初期診療、緊急手術、入院もあれば、帰宅させていい場合もあり、とにかくいろいろ目まぐるしいことこの上ない。
「眠い」「腹が減った」「疲れた」などは日常茶飯事。おまけに当直の夜、先輩医師が仮眠中に、明らかに重症と見られるような患者が搬送されたときに、果たして研修医は先輩医師を呼びにいこうかどうしようか迷うかもしれないし、自分で初期診療をしてどう判断すべきなのかわからなくなってしまったあげくに、家族への対応が待っている。といったように救急現場で経験を積み上げていくうちに、研修医は確実に鍛えられていく。さらに、先輩医師が研修医をしっかりと指導し育てていくことが、病院のスタッフの進歩にもつながっていく。
救急現場では、救われる命もあれば、救われない命もある。救命に成功して達成感を得て感動し、一方では家族に患者の死を報告する。わずか数時間のうちに、生と死、明暗を分けるような現実に直面するのである。それらの経験は、研修を終えどこかの病院の医師となったときに初めて生かされるのかもしれない。
新医師臨床研修医制度が発足して1年がたった。その成果が表れるのは研修医たちが後期研修を終えたころになるのかもしれない。そして、研修医時代に患者と接することの大切さを教わった医師の姿がそこにあることを私は想像してみるのである。「学生たちには、大学がやっているような医療が普通で、へき地医療や救急医療を特殊だと考えるような医者にはなってほしくない」と願う医師は少なくなかったはずで、今明秀も思いは同じである。
「研修医たちが、救急は研修医がやっているんだという自信をもつことは素晴らしい」
自治医大卒業後にローテーション教育を受けた明秀自身がへき地医療や救急医療で鍛えられ、揺るぎない自信を得たのである。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
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