救急医学教育はまちぐるみ?①【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第3章 救急こそ医療の原点
救急医学教育はまちぐるみ?①
救命救急センター所長としての今明秀は、週に3度の当直を含めた忙しい日々を送りながら救急医学教育に力を注いでいる。その1つに、看護師のためのステップアップ教育がある。院内の看護職員約450人を対象にしたAED(自動体外式除細動器)の講習会を(1回につき10人・週4回)無事終了させた。
岩手医大で400人、東京医大で600人であるから、おそらく450人という数字は、日本でトップレベルであろう。8戸市消防署内での講習もほぼ全員が終了していて、次は全国に先駆けて自治体主導で一般市民に向けたAED講習会も1カ月に1回行い、電話予約開始30分で定員をオーバーしてしまうほどの人気ぶりである。2月80人、3月150人、4月200人、5月300人の予定である。
2004年7月から一般の人でもAEDを使用できるようになったのは記憶に新しい。目の前で倒れた人を発見するなどの緊急時に、一般市民のAEDの使用が解禁となったのだ。これは倒れた人が社会復帰できるかどうかの重要なカギを握っているといっても過言ではない。このAEDに関して、秋田市土崎消防署の救急隊がとった行動について思い出したのでここに書き留めておこう。
2004年4月26日午前のことである。秋田市内の医院から患者の容態が急変したので総合病院に移送してほしいとの119番通報を受けて出動したところ、同医院の医師から除細動(電気ショック)を実施するよう再3要請を受け、隊長が指令係の指示を仰いだうえで除細動を行った。
ところが、この行為について、「救急救命士の資格がないのに患者に除細動を行った」として、救急隊長と隊員2人が医師法違反容疑で、また指令係が同法違反教唆で書類送致された。大きく立ちはだかった医師法だったが、年明け1月に秋田地検は「違法行為があったことは間違いないが、医師立ち会いの下に適切な方法で除細動が行われ、危険性はなかった。緊急的に除細動を行う必要性もあった」などとして4人を起訴猶予処分としたのである。
当然といえば当然の結果であろう。しかし、なぜ、医院の医師は救急隊が到着する前の処置として、自らが除細動を行わなかったのだろうか。院内に除細動器がなかったのか、それとも使用方法がわからなかったのか、などと疑間に思うのは、私だけだろうか。なにはともあれ、その事件後に一般市民のAED使用が解禁されたことは意義深いと思う。8戸市立市民病院でも2004年10月よりAEDを8台設置した。
さて、AEDの使い方については、インストラクターなど専門的な教育を受けた指導者による講習に参加すればいい。実際どのように操作するのかを学んで、緊急時に備えることが重要だ。そのような一般市民のためのAED講習会に向け、明秀は次のような、臨場感あふれるシナリオをつくったのである。
夏樹は父の義男と1緒に新幹線から降りて改札口へ向かった。前日は専門学校の卒業式で、父とは久しぶりの新幹線の旅であった。改札国の向こうには迎えに来てくれた兄の顔が見えた。突然、並んで歩いているはずの父の義男が「ウー」と鈍い声を上げ、崩れるように倒れた。胸を押さえて苦しんでいる。改札前は騒然となった。
「どうしたんですか」と若い男性が声をかけてきた。拓也と名乗るその青年は義男2肩を強くゆすり怒鳴るように呼びかけたが、反応はなかった。拓也は夏樹に向かって「119番に連絡してください」と叫び、駆けつけてきた兄には「あそこのAEDと書かれた箱を開けて、赤い弁当箱のようなものを持ってきてください」
「ほかに誰か手伝ってくれませんか」
拓也は止まっている呼吸を再開させようと、人工呼吸を開始した。全く動かないことを確認したのちに、心臓マッサージを開始した。AEDはすぐに到着した。拓也が緑色のスイッチを入れると日本語の音声が流れた。
「パッドを貼ってください。オレンジ色のボタンを押してください」
拓也は指示どおりにボタンを押すと、義男の体はピクンと震え、5秒後には手が動き始めた。拓也が扱った器械は、電気ショックの器械だったのである。
救急車のサイレン音がするころには、義男はしっかり目を開いて話し出した。見守っていた通行人から拍手がわき起こった。夏樹の目に涙があふれた。
ドラマチックな救命救急の感動的なワンシーン。救急車が到着する前に、義男の心臓は動いたのである。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
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