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救急と災害医療―新潟中越地震、緊急救援ヘ⑥【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

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第3章 救急こそ医療の原点

救急と災害医療―新潟中越地震、緊急救援ヘ⑥

◎医師会長との出会い

午後6時半からのミーティングにはぎりぎり間に合った。ミーティングには地元開業医の内田先生もいらしていた。当初、災害医療班とまったく連携がなかった。私は本日の午後、内田先生に面談を申し込み、腹を割った話をした。

「土日は、診療所の近くでわれわれが活動するゆえ、休養してください。診療所の職員も休ませてください。診療所の看護師も被災者なのです、もちろん内田先生も」内田先生は、群馬県から僻地医療を志してこの山奥の町に1年前に開業した。まだ日が浅いために役場職員との連携がうまくいかず、誤解もあったようだ。

ミーテイングでは、内田先生から「体力の限界、日曜日は休みたい。夜間と土日の診療を災害医療チームにお願いしたい」と挨拶があった。感情のこもった挨拶だった。挨拶中は時々私と視線が合った。日中に会って話ができてよかった。全員一致で内田先生の提案を受け入れることになった。

内田先生の川口診療所の真向かいには老人ホームぬくもり荘がある。最初から入所しているかなりの数の老人と、今回の地震で緊急収容した老人でごった返している。ボランティアも多い。しかし診察室に使えそうな部屋はなかった。その隣には川口小学校があり、200メートル奥に八戸チームの拠点の川口中学校がある。会議の結果、24時間体制で診療施設を川口小学校に設営することになった。担当は八戸チームだ。11月1日午後に後任として、国立生育医療センターに受け継ぐことも決定した。

国立生育医療センターは、6月に八戸市立市民病院小児科の田名部先生から依頼された心臓病の子どもをヘリコプターで搬送した病院で、小児救急に力を入れている。私はそこの小児外傷チームに、2年前に講義と実習を受け持ったことがある。聡明な医師の集団だ。そのときの生徒が救急医として本日夕方ここに到着した。

ミーテイングがそろそろ終わろうというとき、庭山医師会長が会場に到着した。庭山医師会長は全国に先駆けて、研修医の地域医療の1カ月カリキュラムを作成し、東京医療センターの研修医を引き受けてきた実績がある。また、約40年前に起こった新潟地震のときに救急医療をやってのけた医師でもある。今回の地震で、新潟県庁がうまく機能しない間に、救護部門を消防と医師会で切り盛りしている。日赤医療チームが柏崎に集合したあとで、小千谷市に集結させたそうだ。私は車をお借りしたお礼を丁寧に述べた。さらに図々しく、旅館の手配をお願いした。医師会長が住んでいる小出町はここから車で40分ほど南にあり、ライフラインは保たれている。

明日から48時間連続で診療が続く。昨夜は睡眠不足だった。寝袋で寝たり、夜中の地震で目が覚めたり、寝袋のため硬い床を感じて何回も寝返りをしたり、真っ暗なトイレに行くのがおっくうになり便秘気味になった。パンツを取り替える場所も無く、顔も洗えず、トイレのあとはバケツに汲み取られている濁った少しの水で手を洗ったり、頻回にうがいをしたり、夜はできるだけ静かにするという生活だが、私は平気だ。しかし、八戸隊のスタッフのことを考えたとき、私のペースではだめだ。出発式の時に三浦院長先生に言われた「健康管理と安全第一」を考えるとき、スタッフに対してできるだけの配慮が必要だ。

庭山医師会長は、2つ返事で旅館の手配を引き受けてくれた。みんなにこのことを伝えると、前田さんの青白かった顔に少し紅がもどった気がした。

「宮武さん、小出まで運転できるかい」

「道がかなり壊れていて、また迂回しなければいけませんが、大丈夫です」

いい人材を連れてきた。選んでくれた芝課長に感謝。

川ロインターチェンジから入った関越自動車道は小出までガラガラだった。緊急自動車しか入れないようになっている。安代以北の八戸高速道路よりすいている道だ。路肩はガタガタ、道路は波打っているところが多く、片側通行。町の光はない。高速道路だが、時速50キロくらいで走行しないと危ない。車が走行中に突然50メートルくらいの陥没が起こったら、車はひっくり返えるだろう。トラックが転落したらしい箇所もあった。

約40分走ったところで小出インターヘ到着した。料金所では緊急車両証を見せると無料だった。そこから10分くらいで旅館源次郎の看板が見えた。自己紹介し、地震の医療チームであることを告げると、歓迎の言葉と感謝の言葉をいただいた。すでに夜9時だった。温泉につかり、ふかふかの布団で休んだ。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

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公開日:2018年3月29日