single.php

救急と災害医療―新潟中越地震、緊急救援ヘ⑦【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

Home » 書籍連載 » 救急と災害医療―新潟中越地震、緊急救援ヘ⑦【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】

第3章 救急こそ医療の原点

救急と災害医療―新潟中越地震、緊急救援ヘ⑦

10月31日(日)

◎尿路感染症

風邪が多い。23日夕方の震災で、この町の住民のほとんどは広場で野宿している。建物には恐ろしくて近寄れない。圧死者も出ている。小学生も亡くなっている。2曰くらいの野宿をみんな経験している。その野宿で感染したのだろうか、昨日は受診者の半分が風邪であった。症状はみんな同じで、数日前から出てきた喉の痛みである。用意してきたロキソニンとPLがなくなりそうだ。いやすでにPLはなくなっていて、中居薬剤師が国立国際医療センターの薬剤師から必要分をもらつていたのだ。

尿閉の老人が受診した。12回目である。バルーンを入れざるを得ないが、八戸隊は持ってきていない。国立国際医療センターチームヘ患者を車で連れていった。尿が大量に出た後で大感謝された。

「ガツンという揺れがずうっと続いたんです。終わるかと思ってもまだまだ続くのです。揺れの中を何とか外へ出ました。軽トラックの荷台につかまりましたが、振り下ろされました。このような経験は80年間ありません」
震えながら話してくれた。

本日から中学校には千葉県の看護協会から訪問看護専門チームが派遣されていた。彼女たちにこの老人を引き継ぐことにした。

千葉県の看護チームは素早い働きをした。バルーンカテーテルを留置したまま、床に寝ると尿路感染が合併する。役場に連絡を取り、老人ホームからベッドを借り受けた。この広い体育館では、燦然と輝く1台のベッドだった。奥様と一緒ににこやかに座っていた。ベッドに腰掛けることで、奥様の膝の痛みも治ることだろう。

地震は炊事の時間帯に発生しているので、味噌汁が足にかかつて火傷を負った人が多い。熱傷処置は持ち込んだ生食で洗浄し、軟膏を当てて毎日処置することにした。

めまいの老人は、以前からの症状がひどくなったという。よく話を聞いてあげた。明日松戸市の息子さんが迎えに来るという。

住民は当番を決めて自分の地区の夜間見回りをしているが、これも体調を壊す原因になっている。やむを得ないことなのか。全村避難の隣の山古志村には盗賊が入ったという。

子供たちは元気に遊んでいる。発熱したエリちゃん、ユキちゃん、友達のリコちゃん。彼女たちのお友達の1人が天国へ昇った。

心のケアチームは、亡くなった人の家族のケア、両親のケアを行っている。避難所では不眠症が増える。お年寄りになると多くは普段から睡眠が浅い。私の母親も不眠を時々訴える。ましてやこの集団環境では眠れないはずだ。心のケアチームは、丁寧にお話を聞いて、1人1人を大切に治療しようとしている。小学校で飼っているウサギは被災者が与えた草を元気よく食べていた。

高血圧の薬を紛失した人が多い。あのめちゃくちゃな家の中から、薬を探すことは困難だ。降圧剤を2日分処方して、かかりつけの病院宛に簡単な紹介状を書く。役場と保健婦、保健所がその紹介状を持って、薬をもらいに行く。2日後に薬は本人の下に届く。料金は後払い。災害時のいい仕組みである。医師会との連携がいい。

「おかげさまで、昨夜はぐっすり眠れました」

風邪で、PLを処方した患者さんから感謝された。坑ヒスタミン剤がょく効いたのだろう。PLでこんなに感謝されることは平時ではない。

夜のミーティングを終えた後、中学校へ戻り夜間診療を行った。尿閉の老人が悪化していた。発熱があり夕食は取れなかったという。尿路感染症だ。腎孟腎炎でなければいいが。セファメジン投与と生食500ミリリットル持続点滴を行った。点滴棒は、等の柄を使った。夜間の点滴管理は千葉県看護協会から派遣されている看護師に依頼した。明日入院施設を探すことにする。

本日は頭痛、腹痛、便秘、めまい、けが、熱傷などよくある軽症な傷病者が多かった。緊急入院はなし。役場の広報と、自衛隊のテント増設で、車内泊の住民はいなくなった。しかし、田麦沢地区など奥地のほうでは半数が車内泊という。役場はエコノミークラス症候群の危険を知らせるチラシを作ってその予防を呼びかけている。

夕食は、レトルト親子丼。明日は、昼まで診療活動をした後に、撤収する予定だ。このあとに小学校へ移動し夜間診療を行う。

次回に続きます…

プリベンタブルデスーある救急医の挑戦本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。 なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。

早く続きを読みたい、書籍で読みたいという方は http://www.cbr-pub.com/book/003.htmlや Amazonから購入できます。

公開日:2018年4月2日