ドキュメント・ドクターカー
夜明けと共に、道路のアスファルトが氷で輝き始めました。
大型車7台の玉突き交通事故が発生し、消防は災害対応を発令して赤白合計8台を出動させました。
救急の当直医のポケットでPHSが鳴ります。液晶には消防の二文字。
「ドクターカー出動お願いします。多数傷病者です」
ドクターカーに乗った救急科専門医と救急科専攻医は、後部席で救急バッグからトリアージタグを一掴み取り出し、赤い災害服のポケットに押し込みました。
現場では、すでに先着した救急隊によりトリアージが実行されていました。赤タグが着いた男性は救急車に乗せられ現場を離れました。トリアージが終わった時点で他に赤タグはいません。
現場隊長は、災害モードから救命救急モードに自分のスイッチを入れ替えます。
ドクターカーは当初、現場災害救護所を設営するために出動していましたが、現場は終息しつつありました。ドクターカーミッションの変更指示が無線で出ました。
「ドクターカーは救急車とドッキングせよ。1名の重症患者に対して初期治療を開始してもらいたい。患者はショック、昏睡状態」
ドクターカーの中に無線の声が響きました。ドクターカードライバーは次の交差点でハンドルを左に切りました。カーナビには2km先を走る救急車のマークが映っています。
3分後、停車した救急車に飛び乗った私は思わずひるみ、慌てました。白いぐったりした顔、乾いた眼球と肌、弛緩した手足、早いモニター波形、男性が死に瀕していたことは一目瞭然でした。
「車を出してください!」
私はそう言うと同時に胸部外傷の観察を開始しました。専攻医は輸液ラインを入れます。ドクターカー出動で重要な事は2つ、
①初期治療の早期開始と
②病院での根本治療の加速です。
必要性な情報を救急外来へ情報提供することにより、手術や輸血開始が大幅に早くなります。同じ時刻に救急外来では加温O型輸血と救急室開胸手術の準備が開始されていました。
救急外来到着まで心臓の拍動は保てました。
超音波検査では心嚢出血の中に心臓が浮いて踊るようにもがいているDancing heartと称される心タンポナーデの超音波所見が見えます。
ここからが救命救急センターの腕のみせどころです。
心タンポナーデの穿刺、ショックの気管挿管、加温輸血、心臓手術準備と同時に進みます。心嚢穿刺は一発で成功しましたがすぐに管が閉塞してしまいました。
すぐに剣状突起上にメスで8cmの縦切開を入れます。反時計周りに右示指を回しながら奥に進め、背側にドッジボールのように出っ張る固い張りを触ります。そこをハサミの先で切り開きます。
パチンと音がして膜が切れると、心嚢の中から血餅混じりの血液が勢いよく出てきました。これで小刻みな心臓の踊りは止まり、いつもの穏やかな拍動に戻ります。
「よし、救急室ではここまで、手術室へ移動するよ!」
そう私は宣言しました。その後の心臓止血術はうまくいきました。8日目、開眼、発語もあります。
感動する救命救急処置を一度体験してほしいと思います。
まさに医師冥利に尽きる。
それができるのは救急科専門医。
(写真は記事の内容と直接的な関係はありません)