生き埋めだ、それ行け、ドクターカー! ②【プリベンタブルデス ある救急医の挑戦】
第2章 救命、そして再生への道
生き埋めだ、それ行け、ドクターカー! ②
十二時五十分、明秀の乗ったドクターカーが現場に到着。患者が収容されている救急車に横付けされた。明秀が患者の田尻さんに接触したときは、救急隊による懸命の気道確保がなされているところだったが、左を向いても右を向いても、多量の出血による窒息状態。また、土中に埋まっていた時間も問題である。気道が確保できない。
明秀は「これはちょっとまずいな」と思った。意識レベルがGCS(用語解説参照) 6点(開眼El、言語Vl、運動M4)、撓骨脈拍微弱、気道閉塞状態、全身泥まみれである。下顎、上顎とも破壊され、顔面は血だらけである。
「喉頭展開できるのだろうか」
明秀は喉頭鏡の挿入に一瞬ためらいを感じた。日がない?穴はどこにあるのか?解剖学的に出どころのわからない出血の穴に喉頭鏡を入れ、喉頭展開を試みた。すると、出血の中から空気が吹き出る箇所が見えたので、そこに八ミリの気管チューブを一気に突っ込んだ。もし失敗したら輪状甲状靭帯切開するつもりで、明秀は胸ポケットにメスと五ミリのチューブを潜ませていたが、その必要はなかった。
果たして、気管挿管に成功した。顔面の半分がなくなっていて気管チューブのテープ固定ができないため、もう一人の救急隊員にチューブをえぐれている創縁に指で固定してもらい、坂上隊長に換気を要請。酸素は良好に肺へ入っていった。
十二時五十四分、現場を出発した。病院まではたったの七分。「七分間で完壁に治療をしないと、みんなに文句を言われるだろうな」スタッフが来るのを待ちきれず一人で飛び出した明秀はそんなことを思い、病院へ戻る救急車内では蘇生に全力を尽くした。右肘に輸液路確保、ラクテック輸液全開、換気。顔面の出血は、ガーゼ圧迫ではまったく治まらず、また車内で血圧測定をする余裕もなく、循環の診察は脈拍のみ触知し、簡易全身観察では顔面、気道のほかは異常なしだった。
午後一時一分、病院に到着。患者の意識回復があった。意識レベルは、開眼E3、言語V不明、運動M6のGCSO点、JCSO(呼びかけに反応)、血圧一八二/二人、呼吸三六回、心拍数九三、蘇生は成功したのである。えぐられた創縁に固定されていた気管チューブでは長時間の気道確保は望めない状態だった。
救命救急センター入室後、確実に気道を確保するため明秀は慎重に気管切開を行った。経口気管チューブを抜去して、気管切開チューブに安全に変更できるのはワンチヤンスである。気管切開チューブの挿入に手間取ったとき、再び経口挿管がうまくいくという保証はない。
かくして気管切開は成功した。明秀には助手の胸が汗でびつしょり濡れているのがわかった。顎の周りの管が抜かれ、破壊されている顔面の止血操作に入った。輸血、全身麻酔を開始し、顔面開放骨折に対して大量の生理食塩水を使い、付着していた泥を洗い流す洗浄デブリードマン、骨接着術を行った。開放骨折とは、骨折した骨が筋肉と皮膚を突き破って外に出てしまう状態で、骨に細菌が付着してしまうため、骨折が治りにくいこともある。また、突き破るくらい外力が大きいため、筋肉、血管、神経がズタズタに挫滅していることもある。早期の創の洗浄と骨の固定が成功に導くのである。
次回に続きます…
本連載は、2005年に出版された書籍「プリベンタブルデス~ある救急医の挑戦」のものであり、救急医の魅力を広く伝える本サイトの理念に共感していただいた出版社シービーアール様の御厚意によるものです。
なお、診療内容は取材当時のものであり、10年以上経過した現在の治療とは異なる部分もあるかもしれません。
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